コンデ・コマ
コンデ・コマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/09 08:42 UTC 版)
イベリア半島に滞在している際、前田はコンデ・コマのリングネームを用いるようになった。その由来については諸説ある。コンデはスペイン語で伯爵を意味する。前田自身がヨーロッパの新聞にコンデという称号を持つ自らのリングネームについて次のように語っている。 「スペインのある有力者が私の勝利、物腰や態度に感銘を受けてこの称号を授けてくれたんです。すぐにこちらの方が本名よりも有名になってしまいました」 コンデ・コマのコマは前田がいつも金に困っているのを皮肉って日本語の「困る」から取ったとも言われている。別の説として、北杜夫は小説『輝ける碧き空の下で』においてスペインで朝鮮人(高麗)と間違えられたという由来を紹介している。角田房子は自著で日韓併合のニュースと結びついてこのリングネームになったのだとしている。晩年には前田自身が自らの名を「高麗」と記した手紙もある。 前田はコンデ・コマの呼び名を気に入って、後に自らの技を広めるためにこの名前を使うようになった。 日本側の文献には前田がブラジル帰化後に本名をコンデ・コマとしたとするものが存在するようであるが、ブラジル側の文献によれば帰化後の本名はオタービオ・ミツヨ・マエダである。
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