ゲート決壊事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/09 04:45 UTC 版)
1967年7月2日、完成検査を終えたばかりのダムで湛水を行っている最中、第三ゲート(高さ12m、幅9m)の操作を行ったところ突然ゲートが吹き飛んだ。既に満水に近い状態であったため大量の水が下流に流出し、下流で釣り人が流されて1人が死亡した。事態を重く見た近畿地方建設局は、「和知ゲート事故技術調査委員会」を組織。調査に当たった結果、ゲート(扉)の重量が安全率を満たす最低限まで軽量化されていたものであったことが判明している。 1967年10月27日、建設省は関西電力に対して和知ダムの改造命令を出した。また、同年11月までにダムの構造令を定めるとともに検査規則を改訂することを発表した。
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