クイズダービー出演とは? わかりやすく解説

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クイズダービー出演

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 16:47 UTC 版)

はらたいら」の記事における「クイズダービー出演」の解説

クイズダービー』の1976年8月7日放送分にゲスト解答者一人として出演し翌年1月22日放送分から黒鉄ヒロシ替わり3枠レギュラー務め番組終了するまで約15年活躍した番組出演記録竹下景子次いで第2位記録である。クイズ番組以外でトーク求められることが多く、これが原因うつ病を発症し、公演中倒れてうつ病診断ののちは仕事を2割ほど減らした2000年2004年復活版放送出演している。はら没後やくみつる代役出演した正答率約75パーセントととても高く、はらのオッズ原則として2 - 3程度時には1倍と低く設定されていた。風刺漫画家という職業柄、はらは多数新聞や雑誌購読していたが、番組では「はらは正解で当然」という期待があったため、番組用にも特別にスクラップブック作っていた。収録前のはらは緊張のためいつも口数少なかった。はらに高いポイント掛けられることが多く「はらに3000点」という言葉が「相手予想同意する」ことの代名詞となった最後の問題では「はらに全部と言う出演者が非常に多く見受けられた。最多連勝連続正解)は27連勝2度達成)で、同番組では歴代1位連勝記録だった(連勝記録歴代2位ゲスト解答者として出演した黒沢久雄24連勝竹下16連勝歴代3位)。 他の解答者全員正解で、はら1人だけ不正解だった事例もある。一例として、2000年復活特番出題され都営地下鉄大江戸線全線開業時唄うポスター原曲(聖者の行進)を当てる問題では、はら以外の解答者が「ユー・アー・マイ・サンシャイン」と答えて全員正解だった(篠沢秀夫落合南長崎駅近く在住していたが、「そんなポスター見たことはない」と言いながらも正解している)。

※この「クイズダービー出演」の解説は、「はらたいら」の解説の一部です。
「クイズダービー出演」を含む「はらたいら」の記事については、「はらたいら」の概要を参照ください。

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