アルバム『ザ・ハーティング』
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「ティアーズ・フォー・フィアーズ」の記事における「アルバム『ザ・ハーティング』」の解説
ローランドとカートは2人が核となる音楽を求めて、ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下、TFF)の名称で活動を始めた。間もなくしてフォノグラムと契約し、1981年10月、デビュー・シングル「悩める子供達」をリリース。ヒットこそしなかったものの良好なオンエアー率を記録した。やがてローランドとカートは音楽上のパートナーを探していたキーボード奏者のイアン・スタンリーと出会う。イアンの所有するスタジオを有効活用してつくられた3枚目のシングル「狂気の世界」が大ヒット。快進撃は「チェンジ」、「ペイル・シェルター」と続き、これらの楽曲を収録したファースト・アルバム『ザ・ハーティング(LP発売時の邦題は「チェンジ」)』を1983年3月に発表。全英アルバムチャートで1位を記録する。勢いに乗るTFFはイアン・スタンリー、ネオン時代の盟友であるマニー・エリアス(ドラム)を正式メンバーとし、アンディ・デイヴィス(同郷のバンド・スタックリッジのメンバーとして知られる)をサポート・キーボード奏者として迎えたバンドで、イギリス国内のツアーを行った。 しかし次のシングル「ザ・ウェイ・ユー・アー」がヒットせず、息切れを見せた彼らは休養し、新たなアイデア作りの時間をとるため、音楽シーンから一旦姿を消す。
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