その後のレイアウト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/04 08:28 UTC 版)
「ルーアン・レゼサール」の記事における「その後のレイアウト」の解説
1971年6月27日、最後のF2がN138を使った6.5kmのロングコースで行われた。このロングコースはオートルートA13がコースの北3分の1を分断するように建設されたため、1956年に新設されたN138へ合流する道路は工事開始後に撤去されてしまった。 さらに、1954年までのエトワール通りを使ったレイアウトはパドックや駐車場へのアクセス用の道路として使われていたために、サーキットとして使うことはできなかった。そのため、Gresil〜Paradis間に初めて常設の区間が作られた。ちなみに、これはレースの時に使われ公道としては使用されなかった。さらに、一部路面やクラッシュバリアが変更され、タイムキーパーやピット、パドックなどの設備が170万フランの費用をかけて再建・拡張された。
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