その後のライオン「ビレッジ」枠
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 01:50 UTC 版)
「フォーク・ビレッジ」の記事における「その後のライオン「ビレッジ」枠」の解説
1982年4月に本番組が終了した後も、ライオン一社提供のまま放送枠タイトルを『ライオン・ミュージック・ビレッジ』に変更して「○○ビレッジ」というタイトルの枠を継続し、ニッポン放送のほか、STVラジオ、東海ラジオ、ラジオ大阪、RKB毎日放送の5局によるネットワークセールスも継続した。 ミュージックビレッジ枠の第1弾だった『桑田佳祐のミスターポップス!』(1983年9月まで)の後も、『原田知世 星空愛ランド』(1983年10月 - 1984年12月)、『おねがい!チェッカーズ』(1985年1月 - 1991年2月)と続き、1991年3月からは枠タイトルを『ライオン・トーク・ビレッジ』に変更して『アイドル危機一髪!公開質問状』(1991年3月 - 1991年9月、パーソナリティ・伊集院光)、『加勢大周 ワイルドで行こう』(1991年10月から「ビレッジ」枠)と続き、「ビレッジ」枠は1993年10月1日まで継続された。
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