「流れ星を一晩7つ見る」活動
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「長谷川時夫」の記事における「「流れ星を一晩7つ見る」活動」の解説
1980年頃から1990年代に掛けて特に熱心に、都会から様々な若者を呼び寄せて、カルチャースクールを開いて、東洋文化やコスモロジー哲学の普及活動を行なった。たとえば彼は、誕生日が8月13日でかつ、従来より彼自身が「宇宙の森に住んでいる」と認識していたので、通例8月13日に極大日となるペルセウス座流星群(流れ星)を見るよう、しばしば人に薦めていた。彼の著書である「宇宙の森へようこそ」には、プラネタリウム解説員村松修によると、「南天の恒星座標系の以前の、ごく小さい歪みに起因する、公転周期決定の大幅な誤差のせいで起こった、約10年早すぎたスイフト・タットル彗星の回帰予想に基づく、1980年8月のペルセウス座流星群の増加の予想」に端を発する流れ星の見物話という、かなり珍しい話題が出てくる。この科学現象が事前に宣伝され、それに呼応して当時の若者が、流星の増加を見ようとしていたという具体的証拠は、今ではほとんど残されていない。その為、長谷川時夫のこの単行本の記録は、それなりに貴重である。なお当の1980年には、「母彗星が回帰しないにも関わらず、間違った予想通りに流星数は増加する」と言う、後にしばらく怪現象とされたものが、運悪く、彼の誕生日の前日、1980年8月12日早朝起こった。そのため、自分の誕生日を目印にした彼は、ユニークな現象そのものには出会えなかったのではないかとされている。なお怪現象自体の原因は、現在はダストトレイル理論で究明されている。また彼の著書を読んだ、日本の太平洋側に住み、新潟県の晴天を期待してここを訪れたアマチュア天文家が、それより12年後の1992年8月12日夜が明けてから、スイフト・タットル彗星の本物の回帰の、約半年前のペルセウス座流星群の突発を、電波散乱法で彼の目の前で、運良く捉えてみせていた。
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