砕氷船 砕氷船の概要

砕氷船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/26 08:21 UTC 版)

ドイツの極地調査用砕氷船「ポラールシュテルン」(北極星)号
1.5mまでの氷で覆われた海域を5ノットで航行できる

概要

砕氷船の特徴としては頑丈な船体と氷に乗り上げて割るのに適した船首や幅広な中央船体、氷の圧力を下方へ逃がすための船底の特殊な形状、そして強力なエンジンを持つのが一般的である。

世界初の原子力砕氷船「レーニン」

大型船では船内で発電した電力を使って推進用の電動機を駆動する電気推進システムを採用する船も多く、これは内燃機関蒸気タービンの回転力をそのまま推進器に与えるよりも、電動機の方が低回転時の発生トルクが大きいため、氷をゆっくりと割って低速で進む砕氷船に適しているためである。また、割った氷と船体表面の摩擦を軽減するため、船底に特殊な塗料を使ったり、海水を放水したりすることがある。

極地探査用の船では特に砕氷能力が強化されており、船体を前後左右(ピッチングローリング)に傾け氷に乗り上げ重量で割る機能も持つ。船体を傾ける方法としては、燃料タンクを前後左右に分散しその間の燃料の移動で行うというものが多い。

今日、優秀な砕氷船を多数保有しているのは、北極海やオホーツク海など氷海に面した多くの港を持つロシア連邦である。原子力砕氷船も複数保有している。

分類

日本の観光砕氷船「おーろら」(2007年2月)

北極圏に海を持つ国の貨物船の多くが多少の砕氷能力を備えている。これらは砕氷専用の船と共に行動し船団を構成して氷海航行の効率化を図る。

  • 純砕氷船(特に砕氷に特化した船)
    • 単独航行用砕氷船
    • 船団護衛用砕氷船
  • 商用砕氷船

工学

砕氷船は北極海や南極海、凍結河川などの高緯度地域での氷水面で活動するために、船体や推進器に特別な設計が取り入れられている。

砕氷船は「ラミング」(Rammingラムで突いて押し込む)と呼ばれる前進方法を採ることがある。スクリュープロペラが生み出す前進推力が砕氷によって阻まれ船体が停止した場合に、一度後進をかけて後ろへ下がり、改めて全力前進によって氷を砕き、これを何度も繰り返して航路を開く方法である[1]。「チャージング」(Charging) とも呼ばれる。

初期には外輪によって氷を砕きながら進む砕氷船や、米国や欧州の砕氷船のように船尾だけでなく船首にもスクリュープロペラを備えて氷を砕くことに利用する船もあった。21世紀の現在では船尾にのみスクリュープロペラを備える砕氷船だけである。

スクリュープロペラに氷塊が接触してプロペラ先端が氷をらせん状に刻んでゆく「ミリング」(Milling)と呼ばれる状態になると、氷を削る「アイストルク」分だけエンジンや電動機による回転力が減殺されて回転数が低下し、アイストルクがプロペラ駆動力を上回れば回転が停止して推進力が奪われる。このため、ミリングに抗して回転を持続するためのアイストルクを上回る強力な動力機関が必要となる。

また、ラミング時には前進後進の繰り返しによる氷の乱れから、通常の前進時にはプロペラまで到達しない氷塊がプロペラに衝突することがあり、この時の衝撃に対応するためにプロペラを特に強固に造ったり、万一損傷を受けても推進力を全て失わないように複数の推進器を備えたり、乱流を減らすためにプロペラの回転を止めずに済む可変ピッチプロペラとする、プロペラをダクトで覆う(ノズル・プロペラ)などの工夫がなされている。プロペラも修理が少しでも簡単に済むようにプロペラ翼単位で交換出来るように工夫されているものもある。また、この時生じるトルク(Ice impact torque)がプロペラ翼、ボス、推進軸、推進機関へ与える繰返し疲労についても考慮される必要がある。

船首部は過去にはV字型のものが多かったが、V字型船首は進路前方の氷板の一部を割り開くことには優れていても、割られた氷の大きな塊はそのまま船体への抵抗を生み出すためにそれらを排除しながら進むための余分の推進力を必要とする。21世紀の近年ではV字型を改良した「スプーン型船首」や「バース・バウ」(Waas bow)を備える船が登場している。両船首共に船体が氷に乗り上げた力で、氷塊を小さく砕くことで船体との摩擦抵抗を減少させる。スプーン型船首では「リーマー」(Reamer)と呼ばれる船体幅以上に船首幅を広げた部分を備え、船首部を大きな矢じり形にしたものが多く、また、ドイツのヴァース博士の考案したバース・バウでは船首船底部をキールに沿って左右に強い斜面とすることで氷塊そのものを左右に排除する機能を備えたものである。

ハル・ウォッシュ・システム(Hull wash system)は、海水を取り込んでポンプで船首部の氷板上に噴射して船首と氷板との摩擦を減らす装置である。これはスウェーデンの砕氷支援船「Oden」に採用されており[1]、日本の2代目砕氷船「しらせ」にも搭載された。

考案中のアイデアとしては、セミサブ型として、船首をバルバス・バウのように下方に大きく突き出させて、氷塊を下から上に割ってゆくものや、氷海での貨物船向けの船首設計として、船首上部と下部に共に突出部を作る事で貨物満載時と空荷の時の両方で砕氷能力を持たせるものがある。大量の気泡を船底部から放出して船体前面に渡って氷との接触を減らすというアイデアも考案されている。

2代目「しらせ」の船尾船底部
1.アイスホーン 2.舵 3.アノード 4.ダクテッド・プロペラ

360度推力を自由に変更出来るポッド型推進器の採用によって氷海啓開作業を迅速に行なう船団護衛用砕氷船がある。通常の内燃機関からの回転推進軸を傘歯車によってスクリュープロペラまで伝達するものと、ポッド内部に電動機が内蔵されたものがある。ポッドを採用しない場合でも、電動機によって正転逆転を含めて回転力が自由になるため、主機関での回転力を一度、発電機によって電力に変換して、電動機を駆動する船が砕氷船に限らず多数登場している[2]

日本の砕氷船2代目「しらせ」では船尾の舵取付部に「アイスホーン」(Ice horn)と呼ばれる角状の装備が付いている。

歴史

最初の砕氷船

通常の船は水面が厚く凍結すると航行できなくなる。北方の港では厳冬期に出入港の障害になることがあるほか(不凍港を除く)、北極海探検では海氷により前進を諦めたり、身動きがとれなくなって遭難したりする例もあった(フランクリン遠征など)。

1864年ロシア帝国フィンランド湾内のクロンシュタット港で建造された水先案内兼曳航船が砕氷型の船首を備えており、蒸気機関で航行する世界初の砕氷船である。その後、実際に使用できる砕氷船として建造された船は、1871年ドイツハンブルクで造られた「アイスブレッヒャー1」(Eisbrecher Iドイツ語で「砕氷船」、船長40.5m、592PS)である。

北極圏

氷海を航行する船舶は、初期の極地探検の頃から考えられるようになった。初期の極地探検においては、耐氷船が用いられた。これは木造船舶において、水線部などを金属で覆い、強化するものであった。このような船殻の強化により、氷との衝突や結氷による船の圧壊を防ぐことが試みられた。

また、北極圏の氷海を船で渡ることが出来れば欧州と北米や欧州と極東アジアの間での交易による経済的な利益が見込めるため、古くから検討されていた。実際に欧州からシベリア北部経由でベーリング海までの北東航路を船で通過できたのは「ヴェガ号」(Vega)で、1878年-1879年の2年間かけてスウェーデンアドルフ・エリク・ノルデンショルドが達成した。欧州からカナダ北部を経由して極東アジアに抜ける北西航路を最初に船で通過したのは、1903年-1906年ノルウェーロアール・アムンセンが「ヨーア」(Gjoa)号で達成した。

ロシア帝国の砕氷船「イェルマーク」

北極海の航路開発はロシアが熱心で、1899年ロシア帝国海軍ステパン・マカロフ提督は初の近代的砕氷艦「イェルマーク」(Ермак、船長98m、12,000PS)を北極海の探検航海に就航させた。その後、ロシア帝国海軍は続々と砕氷船を配備した。第一次世界大戦中には、冬の艦隊活動を助けるために数多くの砕氷船がロシア帝国海軍によって運用されていた。冬季の活動において、海面状態によって艦隊はしばしば砕氷船の同伴を必要とした。

ソビエト連邦が誕生すると、北極海航路の開発は優先度が高まり、1930年代には商業航路が供用されている。第二次世界大戦後には、この航路に多数の原子力砕氷船が投入された。1977年にはソビエト連邦の原子力砕氷船「アルクティカ」が水上船として初めて北極海横断と北極点通過を成し遂げた。


  1. ^ a b 岸進; 山内豊; 水野滋也「砕氷船のラミング砕氷性能向上に関する研究」(PDF)『テクニカルレビュー』第1号、ユニバーサル造船、2008年1月。 オリジナルの2014年3月8日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20140308162927/http://www.u-zosen.co.jp/giken/pdf/vol01_a02.pdf2014年3月8日閲覧 
  2. ^ 野沢和夫『氷海工学 : 砕氷船・海洋構造物設計・氷海環境問題』(初)成山堂書店、2006年3月28日。ISBN 4-425-71351-6978-4-425-71351-6 
  3. ^ Coast Guard Polar Security Cutter (Polar Icebreaker) Program: Background and Issues for Congress”. Congressional Research Service. 2019年6月10日閲覧。
  4. ^ MAJOR ICEBREAKERS OF THE WORLD”. U.S. Coast Guard. 2019年6月11日閲覧。
  5. ^ a b c d e 戦争を変える『現代の超兵器』(16)北極支配!世界唯一無双のロシア原子力砕氷船団,軍事情報研究会,軍事研究,2018年11月号,株式会社ジャパンミリタリーレビュー,P123-146
  6. ^ 世界最大の原子力砕氷船、沿海地方で建造へ”. 日本貿易振興機構 (2018年8月6日). 2019年6月10日閲覧。
  7. ^ 流氷観光船「おーろら2」引退 市民を無料招待 最後の航海”. NHK札幌放送局 (2022年3月22日). 2022年3月22日閲覧。
  8. ^ 南極海、ロシア船乗客救助の中国船も立ち往生”. フランス通信社 (2014年1月6日). 2014年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月22日閲覧。


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