炉心溶融 炉心溶融の概要

炉心溶融

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/30 23:00 UTC 版)

炉心溶融は原子力事故における重大なプロセスの一つであり、さらに事態が悪化すると核燃料が原子炉施設外にまで漏出して極めて深刻な放射能汚染となる可能性がある。それに至らないまでも、溶融した炉心を冷却する際に発生する放射性物質に汚染された大量の蒸気を大気中に放出(ベント)せざるをえないことが多く、周辺住民の避難が必要となるなど重大な放射能汚染を引き起こす可能性がある。

臨界状態の核燃料が炉心溶融を起こす場合もあるが、原子炉の運転中に生成蓄積された核分裂生成物が臨界停止後も大量の崩壊熱を発生するため、未臨界状態の核燃料であっても炉心溶融を起こしうる。

なお原子炉における「炉心」とは燃料集合体や制御棒など原子炉の中核部分であって、それを囲む原子炉圧力容器内にある円筒状構造物であるシュラウドのようなものを指さない。

概要

原子力発電では、低濃縮ウランなどの核燃料を臨界状態にすることで、核分裂で発生する熱によって発電する。

通常時は核分裂の連鎖反応で安定的かつ持続的に発電するが、定期点検や緊急の際には核分裂反応を中断させ原子炉を停止する必要がある。しかしながら一度運転を開始した燃料には核分裂により発生した核分裂生成物が多量に含まれており、これらが核分裂停止後も放射性崩壊によりしばらく崩壊熱を出し続ける。したがって、しばらくの間は炉心を冷却し続けなければならない。

ところが何らかの要因により炉心の冷却が行われないと、運転状態直後の核燃料の持つ高いレベルの余熱[4][5]に加え、崩壊熱によって炉心の温度上昇を招き、核燃料で用いる二酸化ウランをも溶かす[6]。また燃料棒に使われているジルコニウム合金が高温になった状態で水と反応すると大量の熱を発するとともに、燃料棒ならびに燃料集合体を破壊する。これが炉心溶融である。

なお炉心以外であっても、たとえば使用済み核燃料プールに保管されている核燃料も崩壊熱を発している。これらも炉心同様に冷却されなければ過熱して燃料の溶融を起こしうる[7][8]

炉心溶融の原因と対策

原因

炉心溶融の原因には、以下のものがある[9]

  1. 原子炉冷却材の冷却能力の異常な減少や喪失(冷却材喪失事故
  2. 炉心の異常な出力上昇に対するスクラム(制御棒の全挿入による原子炉緊急停止)の失敗
  3. 炉心状態の異常な過渡変化
  4. 大地震や重量物落下による炉心損傷(高温で脆弱化していた被覆管の損傷を含む)
  5. 冷却水の流路が閉塞されることによる冷却能力の低下

対策

冷却機能の喪失は本来あってはならない事態であるが、日本の国内外で複数回、実際に発生している(後述)。これを防ぐために冗長化された炉心の冷却機構が求められる。

冷却材にを用いる原子炉では、緊急時に炉心に大量の注水を行う緊急炉心冷却装置 (ECCS) などが設けられている。

炉心溶融を起こしにくいタイプの原子炉(溶融塩原子炉など)の開発も取り組まれている[10]

また炉心溶融の防止や、事故後の廃炉作業に生かす教訓を得るため、事故を起こした原子炉の調査(福島第一原子力発電所事故など)や炉心溶融時の核燃料などの挙動を予測するシミュレーション手法の開発も行われている[11][12]


  1. ^ メルトダウン”. コトバンク. 2022年12月23日閲覧。
  2. ^ What is a "meltdown"? Can a meltdown be prevented? - About Emergency Response - Frequently Asked Questions About Emergency Preparedness and Response”. United States Nuclear Regulatory Commission. 2023年3月31日閲覧。
  3. ^ 原子力防災基礎用語集:さくいん”. 原子力安全技術センター. 2011年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月7日閲覧。など
  4. ^ ATOMICA 軽水炉燃料の炉内挙動(通常時)「原子炉運転中の被覆管温度は約550Kから700Kである。」
  5. ^ ATOMICA 燃料棒内温度分布(典型例)
  6. ^ 二酸化ウランの融点は2865 °C (3140 K)と、鋼よりも遥かに高い。
  7. ^ “4号機、燃料溶融寸前だった…偶然水流入し回避”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2011年4月28日). オリジナルの2013年5月1日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/Y3XQR 
  8. ^ National Research Council (2006). Safety and Security of Commercial Spent Nuclear Fuel Storage: Public Report. National Academies Press. doi:10.17226/11263. ISBN 978-0-309-09647-8. https://nap.nationalacademies.org/catalog/11263/safety-and-security-of-commercial-spent-nuclear-fuel-storage-public 
  9. ^ 炉心損傷に関する現状と課題 (PDF) 日本原子力研究所(JAERI)1982年5月 IAEAサイト
    なお、同報告書では炉心損傷事故(Severe Core Damage Accident)あるいは炉心損傷と訳出して,SCDというアブレビに対応させている(pi,p1)。カタカナ語のメルトダウンの語源であるmelt downに対しては「溶融落下」という訳出がなされている(p28)。
  10. ^ カナダELYSIUM社の溶融塩原子炉、メルトダウンなく安全、10年後の実現目指す日経ものづくり』(2018年1月31日)2018年5月21日閲覧。
  11. ^ 炉心溶融挙動を予測する新しい数値シミュレーションコードの開発~デブリの詳細な組成分布の推定に光が見えた~国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(2018年3月23日)2018年5月21日閲覧。
  12. ^ 「メルトダウン詳細に再現 原子力機構 燃料堆積状況など把握」『日経産業新聞』2018年5月10日(先端技術面)。
  13. ^ ATOMICA チェルノブイリ原子力発電所事故の経過 (02-07-04-12) 図6 象の足
  14. ^ 齊藤誠:原発危機の経済学 (PDF)
  15. ^ a b 小林健介、石神努、浅香英明、秋元正幸:BWRの炉心損傷・炉心溶融事故解析の現状 日本原子力学会誌 Vol.27 (1985) No.12 P1093-1101
  16. ^ 大坪国順「〈随筆〉福島第一原子力発電所の事故に関わる疑問点」『地球環境学』第9号、上智地球環境学会、2014年3月、109-119頁、ISSN 18807143 
  17. ^ Ralph Eugene Lapp は1971年に次のように述べており、これがチャイナ・シンドロームの最初の用例とされている。 : ・・・ The behavior of this huge, molten, radioactive mass is difficult to predict but the Ergen report contains an analysis showing that the high-temperature mass would sink into the earth and continue to grow in size for about two years. In dry sand ahot sphere of about 100 feet in diameter might form and persist for a decade. This behavior projection is known as the China syndrome. ・・・ ("Thoughts on Nuclear Plumbing," New York Times, 12 Dec. 1971, p.E11)
    引用中の the Ergen report とは、The Ergen Report, 1967 – ECCS, Meltdown studies. by W K Ergen; U.S. Atomic Energy Commission. Advisory Task Force on Power Reactor Emergency Cooling.
  18. ^ 金谷俊秀. "チャイナシンドローム". 知恵蔵2015. 朝日新聞社. 2013年1月12日閲覧
  19. ^ 山崎久隆「隠された原発大事故--福島第1原発2号・1981年5月12日」『世界』第586巻、世界、1993年9月、266-273頁、NAID 40002107787 P267
    「原発で問題なのは、スクラムで核分裂反応を止めても、燃料の中に出来ている放射性物質の崩壊熱で、原子炉停止直後も、長時間にわたって大きな熱を出すことである。(中略)この冷却に失敗すれば、燃料棒は自ら発する熱のために、ついには溶け出して崩れ落ちる。これをメルトダウンという」と述べられている。
  20. ^ 水―ジルコニウム反応について
  21. ^ 運転状態を踏まえたBWRにおける可燃性ガスへの対応” (PDF). 電気事業連合会 (2010年1月19日). 2011年7月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月7日閲覧。
  22. ^ “3号機にホウ酸注入、再臨界防止に1・2号機も”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2011年3月16日). オリジナルの2013年5月1日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/WhcbL 


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