源氏物語別本集成 源氏物語別本集成の概要

源氏物語別本集成

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/01 04:04 UTC 版)

概要

陽明文庫本を底本にして、源氏物語の写本のうち別本(特に古伝本系別本)に分類される写本を中心に[1]校異を収録した校本である。源氏物語の主要な写本については影印本や翻刻本の出版が進んでいるが、現在でもなお影印本や翻刻本が存在せず写本の現物を直接調査する以外にはこの校本でしか本文を確認できないものも多い。伊井春樹(代表)・伊藤鉃也・小林茂美を中心に構成された「源氏物語別本集成刊行会」によって、おうふう[2]から1989年(平成元年)3月に刊行を開始され、概ね年1冊のペースで発行され2002年(平成14年)に当初の予定通り全15巻を完結したが、新たに発見された写本などこれに収録しきれなかった諸写本を対象に新たに編集した『源氏物語別本集成 続』全15巻の刊行を2005年(平成17年)より開始し、これも概ね年1冊のペースで刊行されてきたが諸般の事情で2010年(平成22年)7月刊行の『源氏物語別本集成 続 第7巻』をもって、ひとまず『源氏物語別本集成 続』の刊行を中断することとなった[3]。このシリーズの刊行が、源氏物語の本文研究において青表紙本や河内本と比べてはるかに遅れておりほとんど手つかずであり、「重要だといわれながら未整理のまま排斥されている状態の別本の世界」[4]、「別本に視点を定めた源氏物語の研究はきわめて困難である」[5]とすら言われる状況にあった別本を中心とした源氏物語の本文研究を進展させ、青表紙本や別本の再評価に繋がったとされる[6]。各帖・写本単位で「翻字」・「校正」およびコンピュータへの「入力」・「修正」をそれぞれ別の者が担当しており総勢80人の学者が参加しており、どの巻のどの写本のどの作業を誰が担当したのかはすべて「作業担当者一覧」に掲載されている。これらの学者が調査した写本は延べ376帖に及び、54帖のセットに換算すると約7セットになる[7]。『源氏物語別本集成 続』では『源氏物語別本集成』に未収録であった約20写本を対象にしている[8]。『源氏物語別本集成 続』の作成は特定非営利活動法人「源氏物語の会」の支援を得ている[9][10]

なお、この『源氏物語別本集成』は、本格的な「国文学研究でのコンピュータパソコン)利用」の実践としての側面も持っており、『源氏物語別本集成 第1巻』には、「本書のデータをフロッピーディスクでの提供を予定している」旨の記述があり[11]、「そこで使用した本文のすべてをデータベース化しているので、適当な時期に各種別本本文を電子テキストとして利用できるようになるはずである」としている。

本書にいたる源氏物語の校本の歴史

源氏物語は、紫式部による原本は発見されておらずおそらくすでに存在しないと考えられている。しかし源氏物語は日本を代表する古典文学として、古くから部分的にのみ残っているものを含めて多くの写本・版本が存在している。そしてその中に少なからぬ異文が含まれているために、源氏物語を正しく把握し研究するにはきちんとした校本の存在が不可欠である。源氏物語の校本としては、「湖月抄」や「首書源氏物語」といった流布本に河内本などから異文を書き加える形で作られたいくつかの活字本[12]に始まり、1942年(昭和17年)に池田亀鑑によって作成された『校異源氏物語』およびそれを含む形で編纂された『源氏物語大成 校異編』が出来てからはこれが広く使われてきた。しかしながら、この源氏物語大成は、

  • 調査することの出来た写本が1938年(昭和13年)までに存在やその価値が明らかになっており、かつ調査することが可能であったものに限られていたこと
  • 簡明を旨とする編纂方針をとっていたこと。具体的には
    • 校合する写本は青表紙本を中心にしており、河内本や別本の採用は限られており、利用が可能であっても校合に利用していない写本も多かったこと。また校異の掲出も青表紙本が詳細に挙げられているのと比べるとしばしば省略されていたこと。
    • 漢字仮名の使い分け、異体字音便仮名遣いの違いなど、意味に影響を与えない異文については触れられていないことが多いこと。
    • 源氏物語の写本の中には当初書かれた本文に対してさまざまな訂正が加えられていることが多いが、そのような情報はほとんど含まれていないこと。

といった作成当時から存在したさまざまな制約やその後の源氏物語の本文研究の進展に伴ってさまざまな問題点が指摘されるようになり、1970年代には「大きな誤りなどはないものの、精度の高い校本とは言い難いもので、これに基づく研究は不可能とは言えないが限られたものにならざるを得ない」[13]。とまで言われるようになってきたため、これに代わる学問的な研究に耐えうる校本の作成が強く求められるようになってきた。当初この「源氏物語別本集成」は、計画の初期段階では上記「源氏物語大成」にちなみ「源氏物語別本大成」の仮称を与えられていた。[14]別本研究の進展し別本研究の重要性の認識が深まるという状況の中で、当初は別本として初めて複製翻刻された陽明文庫本[15]に続いて主要な写本を順次複製翻刻していくことも考えられたが、時間的・経済的その他の理由から容易に出来るものではないため、その時点で最善本と考えられた陽明文庫本を底本にして他の主要な別本の写本の校異を示し、1冊(1組)で主要な別本の写本の本文を一覧できる校本を目指したものである[16]


  1. ^ 大島本などの青表紙本尾州家本などの河内本などの写本も一部含んでいる。
  2. ^ 1992年(平成4年)までは桜楓社。
  3. ^ 伊藤鉃也 鷺水亭 より. ─折々のよもやま話─(旧 賀茂街道から2)2 『源氏物語別本集成』中断の弁
  4. ^ 中村一夫「中山本源氏物語の本文 ー若紫巻におけるー」『源氏物語研究』第3号 おうふう、1993年(平成5年)10月。
  5. ^ 伊藤鉃也「本文研究の遅れ」『源氏物語本文の研究』おうふう、2002年(平成14年)11月、pp. 11-16。ISBN 4-273-03262-7
  6. ^ 「刊行のことば」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 2 。
  7. ^ 「続編刊行にあたって」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 3 。
  8. ^ 底本とされた陽明文庫本など一部を除いて『源氏物語別本集成』に収録されている写本は『源氏物語別本集成 続』には収録されていない。
  9. ^ 「続編刊行にあたって」『源氏物語別本集成 続 第1巻』pp. 6-7 。
  10. ^ NPO 源氏物語の会
  11. ^ 「編集経過覚え書き」『源氏物語別本集成 第1巻』pp. 4-5 。
  12. ^ 例えば『湖月抄』を金子元臣所蔵の耕雲本で改訂した金子元臣『定本源氏物語新解』明治書院、上1925年(大正14年)・中1928年(昭和3年)・下1930年(昭和5年)など。
  13. ^ 阿部秋生「現時点における本文整定の問題」『国文学解釈と鑑賞別冊 源氏物語をどう読むか』至文堂、1986年4月5日、pp. 8-21。
  14. ^ 伊藤鉃也「源氏物語別本大成の発想」『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』pp. 102-106。
  15. ^ 『陽明叢書 国書篇 第16輯 源氏物語』全16巻、思文閣出版、1979年-1982年。
  16. ^ 「はじめに」『源氏物語別本集成 第1巻』pp. 2-3 。
  17. ^ 阿部秋生『源氏物語の本文』岩波書店、1986年6月、など 。
  18. ^ a b 「続編刊行にあたって」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 5 。
  19. ^ 「凡例Ⅱ」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 6 。
  20. ^ 「凡例(2)」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 9 。
  21. ^ 「凡例Ⅲ」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 6 。
  22. ^ 帚木のみ『続』において東洋大学本として収録。
  23. ^ 「凡例Ⅳ」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 6 。
  24. ^ 「編集経過覚え書き」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 5 。
  25. ^ 「凡例ⅥB」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 9 。
  26. ^ a b 「凡例ⅥC」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 14 。
  27. ^ a b c d 「続編刊行にあたって」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 6 。
  28. ^ 最もページ数の多いのは第3巻の715ページ、最も少ないのは第13巻の522ページ、15巻を平均すると1巻あたり611ページとなる。
  29. ^ 「凡例Ⅰ」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 6 。
  30. ^ 「凡例(3)」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 9 。
  31. ^ 「凡例ⅥA」『源氏物語別本集成 第1巻』p. 7 。
  32. ^ 「判例補遺」『源氏物語別本集成 第8巻』p. 1。
  33. ^ 「凡例ⅥD③」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 17 。


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