アムネスティ・インターナショナル 活動

アムネスティ・インターナショナル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/03 08:15 UTC 版)

活動

原則と範囲

欧米では「最も信頼できる国際組織」として高い評価を得ているが、その理由の一つとして、欧米のアムネスティが一貫して政治的に中立性を保つ努力をしていることが指摘されている。たとえば、米国のアムネスティは他国のアムネスティと同様死刑に反対しているが、特定の政党や政治勢力を直接・間接に支持することはなく、公職選挙において特定の候補者に投票する、あるいはしないようにアムネスティの名で呼びかけることも避けている。伝統的に死刑支持者の多い共和党の党員も数多く米国のアムネスティに入会している。また、米国アムネスティは民主・共和両党の党大会に代表を派遣して影響力の維持に努めている。

アムネスティは戦時下でも人権が保護されるように交戦国双方に働きかけるが、戦時国際法で認められた正規の戦闘行為としての武力行使そのものには賛成も反対もしないことを運動の原則としてきた。最近では、ダルフールにおける人権侵害をくいとめるため国連軍の派遣を安全保障理事会に要請するなど、特定の軍事行動を慫慂ないし支持する場合もみられる[11]。この例が端的に示す通り、アムネスティは非武装中立のような絶対的平和主義には与していない。

アムネスティの「自国条項」すなわち、各国支部は死刑執行反対等を除いては原則として自国内の個別の人権侵害案件に介入しないという規定も、政治的中立性を守る努力のあらわれである。各地で起きた個別の事案をアムネスティが取り上げるべき人権侵害として認定する権限は支部にはなく、その判断は国際本部にゆだねられている。冷戦時代にはアムネスティは東側陣営西側陣営第三世界からそれぞれ同数の「良心の囚人」事案を認定して支援することにより、「イデオロギー的/地域的に偏っている」「人権問題に二重規範(ダブルスタンダード)を持ち込んでいる」という批判を避ける努力をしていた。なお自国条項は現在緩和の傾向にあり、アムネスティ内の各アクター間の調整に基づき自国の具体的ケースへの関与も試行されている。

このようにアムネスティが政治的中立性の維持に格別の努力を払ってきた背景には、「人権」ということばがしばしば政治宣伝の隠れ蓑として恣意的に利用されてきたという歴史的経緯がある。アムネスティが結成された当時すでに、言論機関やさまざまな団体が表向き不偏不党の姿勢を装いながら、実際には自陣営内で起こった人権侵害は不問に付する一方で敵対陣営側の人権問題だけを大きくとりあげて非難するという「人権のつまみぐい」が頻発していた。そのため、「人権擁護」というスローガン自体がうさんくさい目でみられる風潮すら一部に生じていた。したがって、認定する案件数なども含めて均衡を保つことを明示的に義務づけることによって政治的中立性を保とうとするアムネスティの規定は斬新なものであったといえる。

アムネスティは結成以来長らく、非暴力的な方法で意見の表明を行った結果として逮捕投獄された政治犯の原状回復(釈放)を求めるなど、「今、そこにある」人権侵害への取り組みを中心に活動してきた。その結果、ある場合には社会主義的な、別の場合には自由主義的な思想傾向を持つ人物への処罰が人権侵害事案と認定されている。ただしアムネスティは全ての言論を無制限に自由化することを求めているわけではなく、ネオナチなどによるヘイトスピーチを規制することには反対していない。ネオナチとは別個に歴史学上の見解としてホロコーストの信憑性に疑義を唱えたために投獄された人達も、アムネスティの支援対象になっていない。

アムネスティは捜査・司法当局に対して罪刑法定主義や訴訟法の手続きを厳密に守ることを求め、令状によらない逮捕拘禁裁判無しの長期勾留に対しては抗議を申し入れる。無罪推定の原則に則り、被疑者や被告に対して合理性を欠く権利制限を加えることに反対している。

近年にいたり、アムネスティ結成以前を含む過去に生じたとされる人権侵害の責任追及や謝罪と補償の要求、さらには妊娠中絶の非犯罪化など、従来よりも広い範囲に活動を広げようとする動きがある。アイリーン・カーン事務総長のもとでアムネスティが妊娠中絶の許容を運動目標に加えたことにより、それまで死刑反対運動を通じて良好な関係にあったカトリック教会などとの軋轢が表面化しつつある。

情報収集

アムネスティは多様な情報源を複合的に活用した高度な情報収集分析能力を持つことでも知られている。人権侵害の疑いのある国に対しては現地での調査を申し入れるのが常である。相手国が人権侵害の事実を否認し調査団の受け入れを拒否した場合でも、国外に逃れ出た難民に対する聞き取り調査などの代替手段を有効に活用して詳細な実態調査報告書を作成している。たとえば中華人民共和国占領下のチベットでの人権抑圧の実態を把握するうえでは、インド在住の避難民からの事情聴取が重要な役割を果たしている。

報告書

こうして得られた情報を基に毎年、年次報告書がロンドンの国際事務局から出されている。アムネスティ日本ではこの年次報告書をボランティアが毎年翻訳し、出版している。その他、世界各地の人権状況に関するプレスリリースをことあるごとに行っている。これらのアムネスティ文書は権威あるソースとしてマスメディア等にしばしば取り上げられる。

とはいえ、アムネスティの報告が常に無謬であるわけではない。1991年湾岸戦争に先立っては、クウェートに侵入したイラク軍兵士が新生児を生命維持装置から取り外すなどして多数を殺戮したというアムネスティ文書(1990年)がセンセーショナルにとりあげられ多国籍軍の介入を支持する材料の一つとして用いられたが、後にこの新生児殺害の情報はクウェート亡命政府の意を受けた広告会社による捏造(ナイラ証言)であったことが明らかになっている。信憑性の確認をしないまま不実情報を公表したことに対して組織の内外から批判の声があがったが、その後、誤報に対する謝罪や原因究明、再発防止策の策定、責任者への処分などをアムネスティが行ったという発表はなされていない[12]

学園浸透スパイ団事件

アムネスティ日本は、韓国の軍事政権による反共政策を人権侵害として強く批判し、韓国官憲が1975年に摘発した「11.22事件」(「学園浸透スパイ団事件」とも言う)を冤罪事件として摘発された学生らを支援していた。この事件の首謀者として逮捕・起訴されたソウル大学校大学院留学中の在日韓国人徐勝は、公判(第二審)にて韓国の国法を犯して「工作船」で北朝鮮に渡り工作員教育を受けたことを自供しているが、起訴された事件については、現在も否認している。元朝鮮総聯新潟県連副委員長・張明秀も、徐勝のスパイ嫌疑については、事実としている[13]が、起訴された事件については、言及していない。その後も、アムネスティ日本は、徐勝の弟である徐京植を講演会講師に招くなどしている[14]

この「学園浸透スパイ団事件」は、2012年までに軍や情報機関による捏造であったとして、服役者3人に対し、再審で無罪が確定しており、冤罪事件であることが明らかにされた。


注釈

  1. ^ 法律的議論は無罪推定の原則を参照のこと。

出典

  1. ^ アムネスティ・インターナショナルの取り組み - アムネスティ日本
  2. ^ アムネスティ・インターナショナルとは - アムネスティ日本
  3. ^ アムネスティ・インターナショナルの歴史 - アムネスティ日本
  4. ^ アムネスティ・インターナショナル日本の公式ホームページより。
  5. ^ 第75回国会 衆議院 本会議 第27号 昭和50年6月13日”. 国会会議録検索システム. 国立国会図書館. 2024年1月3日閲覧。
  6. ^ [1](2003年10月5日時点のアーカイブ
  7. ^ 日本:「立川テント村事件」の最高裁判決を懸念 - アムネスティ日本
  8. ^ China must reveal whereabouts of missing Mongolian activist”. アムネスティ・インターナショナル (2010年12月15日). 2011年1月3日閲覧。
  9. ^ アムネスティ、香港撤退へ-中国導入の国安法で「報復」の恐れ”. www.bloomberg.co.jp. www.bloomberg.co.jp (2021年10月25日). 2022-01-10閲覧。
  10. ^ アムネスティ・インターナショナルの歴代事務総長一覧”. 国際連合広報センター(東京). 2024年1月1日閲覧。
  11. ^ [2](2006年6月15日時点のアーカイブ
  12. ^ Interview with Francis Boyle: Amnesty on Jenin - PIWP database
  13. ^ 張明秀『徐勝─「英雄」にされた北朝鮮のスパイ』(宝島社、1994年)
  14. ^ アムネスティひろしまグループの紹介
  15. ^ アムネスティ・インターナショナル日本の公式ホームページより
  16. ^ Amnesty NEWS RELEASE 2000 june(2001年5月28日時点のアーカイブ
  17. ^ アムネスティ ニュースレターから(2009年1月4日時点のアーカイブ
  18. ^ “시론 국제앰네스티, 초심으로 돌아가라 北 인권탄압은 외면하면서 南 촛불시위 균형잃은 진단”. 朝鮮日報. (2008年7月21日). オリジナルの2021年6月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210613035433/https://www.chosun.com/site/data/html_dir/2008/07/21/2008072101735.html 
  19. ^ Francis Boyle: Amnesty on Jenin
  20. ^ [3](1999年8月21日時点のアーカイブ
  21. ^ 私はこう考える【北朝鮮について】 - 日本財団図書館
  22. ^ 総連代表ら、人道団体 国際機構に「万景峰92」号運航再開、暴力事件の再発防止など要請 - 朝鮮日報 2006年11月8日
  23. ^ 訪米団、ライス大統領補佐官に資料を手渡す(2001/03/01) - 救う会全国協議会ニュース
  24. ^ アムネスティ日本会員へのお知らせと呼び掛け - 世界の人々の人権のために
  25. ^ [4](2004年7月20日時点のアーカイブ)、[5](2004年12月25日時点のアーカイブ
  26. ^ "Starved of rights: Human rights and the food crisis in the Democratic People's Republic of Korea",[6]。和訳『権利の貧困 朝鮮民主主義人民共和国の人権と食糧危機』2004,現代人文社
  27. ^ 無題 - 蒼き星々 北朝鮮に拉致された被害者と家族を支援する人の集う掲示板
  28. ^ 市民パワー 2008.4.5 - 猿田佐世のニューヨーク便り
  29. ^ スペイン裁判所による江沢民起訴認定を読んだ感想 - 明慧日本語版 2009年11月22日
  30. ^ [7](2007年9月28日時点のアーカイブ
  31. ^ [8](2007年9月28日時点のアーカイブ
  32. ^ [9](2004年6月24日時点のアーカイブ
  33. ^ a b ウイグル族の学者、香港で行方不明ではなかった 人権団体が訂正”. BBCニュース. 英国放送協会 (2023年5月30日). 2023年5月31日閲覧。
  34. ^ CORRECTED: Hong Kong: Government must reveal whereabouts of Uyghur student detained at airport”. Amnesty International (2023年5月30日). 2023年5月31日閲覧。
  35. ^ Hong Kong slams human rights group Amnesty International over ‘groundless’ claims Uygur student missing for more than 2 weeks since arriving in city - SCMP 2023年5月27日






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