あやめ (列車)
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成田線・鹿島線優等列車沿革
- 1933年(昭和8年) - 1935年(昭和10年):5月・6月の日曜日に新緑列車として「水郷めぐり号」が両国駅 - 佐原駅を往復1人3円で運行。
- 1954年(昭和29年) - 終了日不明:水郷の釣り客を対象にした「銀麟号」が3 - 4月の日曜・休日に上野駅 - 水郷駅(常磐線我孫子駅経由)、両国駅 - 水郷駅間で運行。
- 1955年(昭和30年)
- 1961年(昭和36年)10月1日:準急「房総(犬吠)」の千葉駅での増解結を解消。総武本線方面へ向かう列車を分離し、新宿駅・両国駅 - 銚子駅(総武本線成東駅経由)間を結ぶ準急「総武」を運行。成田線初の優等列車として佐倉駅で「総武」に分割併合する佐原駅発着の臨時準急2往復の運行を開始。
- 1962年(昭和37年)
- 1964年(昭和39年)10月1日:「水郷」の1往復を佐原駅 - 小見川駅間で延長。
- 1965年(昭和40年)10月1日:「水郷」の1往復を銚子駅まで延長。
- 1966年(昭和41年)3月5日:「水郷」を急行列車に昇格。
- 1970年(昭和45年)10月1日:鹿島線香取駅 - 鹿島神宮駅開業により、「水郷」5往復に鹿島神宮駅発着列車を運行開始(佐原駅で編成の連結・切り離しを行い、佐原駅 - 鹿島神宮駅間は普通列車として運行)。
- 1972年(昭和47年)7月15日:「水郷」の鹿島神宮駅発着の4往復を急行とし、「犬吠」と併結していた2往復をそれぞれ単独運行とする。
- 1975年(昭和50年)3月10日:成田線成田駅 - 松岸駅間の電化によるダイヤ改正により、以下のように変更。
- 1982年(昭和57年)11月15日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正により以下のように変更。
- 1986年(昭和61年)11月1日:「すいごう」の下り列車1本を東京始発に変更[10]。
- 1988年(昭和63年)3月13日:「すいごう」「あやめ」の両国駅発着列車を廃止[11]。「すいごう」は全列車東京駅始発・終着に変更[11]。これにより、両国駅発着の総武本線系統列車は消滅。
- 1991年(平成3年)3月19日:特急「成田エクスプレス」の運行開始に伴いスピードアップ。東京駅 - 佐原駅間の最速所要時間は、88分から80分に短縮される。
- 1993年(平成5年)7月2日:利用客の減少により、以下のように変更[12]。
- 1994年(平成6年)12月3日:利用客の減少により、以下のように変更[13]。
- 「あやめ」2往復を廃止して1往復のみの運行となり[13]、エル特急の指定が解除される。なお、このエル特急指定解除は、東北本線の「新特急なすの」に続き2例目である(なお、JR東日本は2002年にエル特急の呼称を廃止)。
- 代替として快速列車が1往復増発される[13]。
- 「すいごう」の下り列車を佐原止まりに変更[13]。
- 特急「ホームタウン佐倉」を東京発佐倉行きで運行開始[13]。
- この結果、「あやめ」・「すいごう」は、朝上り各1本、夜間下り各1本の運行となり、「ホームライナー」に近い列車となる。なお1995年3月末までは、東京駅 - 佐原駅間に毎日運行の「あやめ」93・94号が設定されており[13]、東京駅 - 佐原駅間は実質3往復体制。
- 1995年(平成7年)12月1日:「ホームタウン佐倉」の行き先を成田行きに延長し、名称を「ホームタウン成田」に変更[10]。
- 2002年(平成14年)11月24日:165系の営業運行終了に伴うリバイバルトレインとして急行「鹿島」が復活運行。
- 2004年(平成16年)10月16日:「ホームタウン成田」・「すいごう」の名称を「あやめ」に統一[2]。
- 2005年(平成17年)12月10日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「あやめ」1号を成田行きに変更し、土曜・休日運休とする。
- 成田線経由東京発銚子行きの下り列車を1本増発(東京駅 - 佐倉駅間は「しおさい」15号と併結)。
- 「あやめ」全列車をE257系500番台の運行とし、全車禁煙化。
- 2007年(平成19年)3月18日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「あやめ」1号の停車駅に四街道駅を追加。
- 「あやめ」3号を鹿島神宮行きに変更。
- 2009年(平成21年)3月14日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「あやめ」1号の運行区間を東京駅 - 佐倉駅間に短縮して「しおさい」に編入。
- 「あやめ」5号(旧7号)を5両編成に減車。
- 2010年(平成22年)
- 3月13日:ダイヤ改正により「あやめ」3号の東京発時刻を繰り下げ、「しおさい」17号との連結順序を逆転(「あやめ」は1 - 5号車となる)。
- 12月4日:ダイヤ改正により東京発22時の「あやめ」5号を廃止し、代替として21時台終わりに通勤快速を増発。また、「しおさい」17号が平日のみの運行となり、土曜・休日の「あやめ」3号が単独運行となる。
- 2014年(平成26年)1月1日:特急あやめの車内販売を廃止。前日の「あやめ」2号が最終営業。
- 2015年(平成27年)3月14日:ダイヤ改正により、特急「あやめ」の運行を廃止[1]。また、以下のように変更。
- ^ a b 早川健人(2015年3月14日). “特急「あやめ」:最後の運行 県内と東京、40年間結び−−JR東日本”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
- ^ a b 「鉄道記録帳」『RAIL FAN』第52巻第1号、鉄道友の会、2005年1月号、22頁。
- ^ 普通車は全車自由席、グリーン車はグリーン指定席。
- ^ 夏の増発列車のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道 プレスリリース 2017年5月20日
- ^ 春の増発列車のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道 プレスリリース 2015年1月23日
- ^ 春の増発列車のお知らせ - 東日本旅客鉄道株式会社千葉支社 2018年1月19日
- ^ “春の増発列車のお知らせ (PDF)”. JR東日本. 2022年11月7日閲覧。
- ^ 春の増発列車のお知らせ - 東日本旅客鉄道株式会社千葉支社 2017年1月20日
- ^ 運転開始日は『鉄道ピクトリアル』 No.605(1995年5月号)「房総におけるキハ20系気動車準急活躍の頃」白土貞男 による。そのなかで運転開始日を1956年1月20日とする文献は、初めて時刻表に掲載された際のダイヤ改正をさしている、としている。1958年夏季では房総東線経由安房鴨川行を併結。1960年10月末に銚子電気鉄道への乗り入れを中止。
- ^ a b c d e f g h 『特急10年』 p.196
- ^ a b 『特急10年』 p.33
- ^ a b c d 『特急10年』 pp.86-87
- ^ a b c d e f 『特急10年』 pp.99-101
- ^ a b c (PDF)『北陸新幹線開業に伴うおトクなきっぷの設定および2015年3月ダイヤ改正に伴うおトクなきっぷの見直しについて』(プレスリリース)東日本旅客鉄道、2014年12月22日 。2014年12月24日閲覧。
- 1 あやめ (列車)とは
- 2 あやめ (列車)の概要
- 3 成田線・鹿島線優等列車沿革
- 4 脚注
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