早期教育に対する批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/28 00:26 UTC 版)
年齢に固執せずに次々と課程を進むのが早期教育の最大の利点であるが、特に乳児・幼児・小学校低学年など小さい子供には無駄、弊害があるという説もある。2007年の時点では、まだ早期教育は実験段階であり、十分なサンプルを得た科学的な調査結果、長期に渡った研究結果が出ていない。 批判は主に次の四種の主張に分かれる。 1.有効性に対する科学的な観点からの批判 右脳を鍛える幼稚園など右脳の訓練を掲げる業者があるが、右脳論は通俗心理学であり科学的根拠は基本的に無い。 3歳までに教育を開始しないと手遅れという考えは、3歳までの家庭環境が人格を左右するという三歳児神話の一種である。 ドーマン法、スズキ・メソード、リトミックなどは早期教育の有効手段と言われるが、たとえばドーマン法は脳障害を持つ者のリハビリテーション(福永洋一が有名)のために開発されたもので健常児に効果的だとは証明されていない。また後者の二つは情操教育として築き上げられたもので、本来は早期教育のメソッドではない。 「早期英語教育で英語をペラペラに!」というが、応用言語学においては日常会話能力(BICS)と抽象思考や学習のための言語能力(CALP)は別物と捉えられている。幼児期においてはBICSの習得は早いが定着度は低く、また必ずしも質が高い知的な意思疎通能力の獲得につながるとは限らない。日本からカナダに移住した子どもたちの英語読解力を調べたところ、3〜6歳に移住した子どもは、7〜9歳に移住した子どもよりも、一人前の英語能力が身につく年齢が遅いとの結果が出た。これは母国語で思考の基礎ができあがる前に二つの言語にさらされたせいで、言語能力の発達が遅れたものと考えられている[要ページ番号]。 早期教育によって知能指数(IQ)が高くなるとうたう例が見られるが、それは知能指数を測定する検査が練習によって成績をあげることができるからであって、知能が実際に伸びることとは別問題である。また知能指数は、同年齢の平均との差異を示すものなので、幼児においては特に、早期教育によって訓練された者とそうでない者との差が大きくつくことがある。しかし、早期教育によって幼児期に高い知能指数を示したとしても、同年齢の者が教育を受けた後の青年期には平均的な知能指数に落ち着くことが多い[要ページ番号]。 2.「子供への悪影響」を危惧する立場からの批判 十分な認識力や判断力などが育つ以前に、文字や数だけを取り出して概念的な認識の獲得をさせようという知育に偏る教育は、「総合的な学習」に反するものである。心身の発達年齢に伴った訓練や教育を施し、子供が興味を持って自発的に学ぶのが幼稚園という環境であるが、早期教育熱は幼稚園の教育方針を混乱させる。 発達脳科学者ヘンシュ貴雄はシナプスには興奮性と抑制性(前・後)があり、興奮性の刺激ばかりでは脳の自然な発達が阻害される可能性を指摘している。 乳幼児には文字・数字は余計な情報で、脳は自分の行動に伴う知覚、意思、運動機能を通して活性化していく。統合能力の発達には「本物」に触れることが大切である。 昔の早期教育は将来の職場となる場所で現場経験を積むことであった。知育トレーニングやドリルなど「本物」からかけ離れた場所には、「本物」を通して得るものが欠けている。 早期教育で年齢相当の学習内容を終えてしまっている子供は学校の授業が退屈で、浮きこぼれ状態になってしまうと危惧されている。 2007年8月に発表されたワシントン大学の研究によれば、毎日早期教育ビデオを1時間視聴する乳児は全く視聴しない乳児に比べて習得言語数が6〜8語減っており、早期教育ビデオに効果はなくむしろ弊害のある可能性が指摘された。論文で指摘を受けたビデオの一つ、『ベビー・アインシュタイン』を制作販売しているディズニーのCEOロバート・アイガーは、ワシントン大学の学長宛てに「誤解を招き、名誉を傷つける無責任な論文」であるとして撤回を求める文書を送っている。 ジャーナリストの保坂展人は、早期教育の広告塔となっていた「優秀児」「天才児」のその後を調査し、彼らのうちの何人かは、思春期になってから親の言いなりだった子ども時代に疑問を持ち、精神的・身体的苦痛を感じていたと報告している。 3.「親子関係への悪影響」を危惧する立場からの批判 子供が本当に早期教育をやりたがっているのか。やりたがらないことを無理にさせる影響はないのか。 子供の順応性は高く、親に愛されたいという願望も強い。早期教育を受けた子供は忠実に言われたことをやり遂げる「いい子」である。 この過剰適応が問題で、幼小の頃から本音を抑え、親に気に入られることを優先にすると、自由な感情表現や欲望のコントロールの訓練をする機会が減ってしまう。それ故、思春期に達した時や社会に出た時に、訓練不足の子供がいじめ、不登校、性の問題に直面した時に上手く乗り越えていけるのか。 刺激に応えて子供がどんどん学ぶことは大変好ましい。しかし「大人の評価」「親の価値観」が侵入してくることが問題である。検定試験合格やトロフィーなどを勲章のように並べて、子供に無言のプレッシャーを与えているのではないか。過度の期待は子供のストレスを増大させる。親は自分の不安をまぎらわすために、親自身が達成できなかったことを子供に実行させようとしているのではないか。早期教育の教室で他の子供に「負けた」時も親は冷静でいられるのか。 ギフテッドを、胎児や乳児の頃から訓練して人工的に作り出そうとしているのではないか。公文式の「幼児方程式」では誰でも方程式ができるようになるはずと思い込んだ親が子供を追い詰めることになり、早期教育の弊害と言われた。能力主義の欧米と異なり、能力平等主義の日本には「努力次第で誰でも天才になれる」という考えがある。(詳しくはギフテッド#日本にギフテッドが浸透しない理由を参照) ブログやウェブサイトを含むメディアには親の不安感・焦燥感を煽るものがある。その中には、背後に早期教育関連業者や特定個人の利益が絡んでいるケースもある。煽り文句に踊らされ、情報に左右されている親が与える教育で子供の信頼を十分に得ることができるのか。 親子の愛着関係が重要な時期に、厳しい訓練や練習を強制されたことで、子どもに情緒障害が起きた例がある。また、熱心に早期教育を行ったものの、子どもが期待通りの結果を出さなかったことで親が情緒的に不安定になる例も少なくない[要ページ番号]。 4.「社会への悪影響」を危惧する立場からの批判 幼児教室は監督する官庁がないため、実体が把握できない。正確な教室数、教育内容やその効果もわからない。 今後、早期教育が効果的であると科学的に証明された場合、現在の学校制度の枠内では経済的に豊かな一部の恵まれた子供だけが幼少(あるいは胎児)の時から早期教育を受けることができるという経済格差に起因する学力格差を生む可能性がある。[要出典]
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