蛇行動 蛇行動の概要

蛇行動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/27 07:39 UTC 版)

断面方向
平面方向
蛇行動における輪軸の動き

発生の機構

車輪の踏面勾配

鉄道車両の車輪円筒形ではなく円錐形のような勾配を持った形状となっており、車輪のフランジ側(内側)の直径は大きく、外側の直径は小さくなっている。このような勾配を車輪踏面勾配と呼ぶ[1]。 また、超低床LRVのような車両を除き、鉄道車両では左右の車輪は車軸により固定され繋がる構造となっている。この車輪と車軸の一組を輪軸と呼ぶ。これらの特徴により、輪軸が直線の軌道を転がるときは、輪軸がレールの片側に寄った場合に定位置に戻る復元力を得、曲線を転がるときは自動車のようなステアリング操作無しにレールに沿って曲がる機能を発揮する。このような働きを輪軸の自己操舵機能と呼ぶ[2]。しかし、踏面勾配による自己操舵機能は輪軸に左右動を引き起こす原因ともなる。すなわち、輪軸がどちらかのレールに偏った場合、それを戻そうとする復元力の働きにより、中立位置を超えて反対側のレールに偏り、さらにまた逆向きの復元力が作用するといった繰り返し運動が発生することとなる。動きとしては、左右変位とヨーイング回転の振動が連成して現れるものとなり、上から見て蛇がくねって進むような運動をするため蛇行動と呼ばれる。

2軸台車の蛇行動

実際の鉄道車両では、輪軸は単体ではなく車体-台車-輪軸という連結構造となっている。このように輪軸は台車に対して拘束されているため、通常の走行速度内では、蛇行動は台車・車体の質量や輪軸に対するサスペンションにより吸収・抑制されている[3]。しかし車両の走行速度を上げていくと、蛇行動を発生させる輪軸を動かす力である車輪・レール間のクリープ力などの影響が、輪軸を拘束しようとする力を上回り蛇行動が発生するようになる[4]。さらに、輪軸、台車、車体は、ばねダンパー、すり板のような剛性要素、減衰要素、摩擦要素などによって連結されているため、それぞれの動きは相互に影響を及ぼす。このため、輪軸単体での蛇行動のみならず、台車の蛇行動、車体の蛇行動も発生する。蛇行動が発生する箇所に応じて、輪軸蛇行動台車蛇行動車体蛇行動と呼ばれる[1]。車両の諸元、装備により蛇行動に対する安定性は異なり、高速走行を行う車両では蛇行動の安定性に配慮して設計される。この蛇行動に対する安定性のことを走行安定性とも呼ぶ[1]

蛇行動の解析

1輪軸の蛇行動特性

幾何学的蛇行動

1輪軸の幾何学的蛇行動モデル

蛇行動の基本的特性を考えるために、単体の輪軸がレールに沿って転がっている場合を考える。さらに、この輪軸の慣性を無視して車輪がレールに対して滑らないという仮定を置いて輪軸の動きを解析する。走行速度が非常に低い場合がこの仮定条件に近い[5]。このような前提の輪軸の蛇行動を輪軸の幾何学的蛇行動と呼び、蛇行動の特性を考える上での基礎となる。

上記で説明した通り、車輪の踏面に勾配が存在する場合、輪軸が中立位置から偏ったとき、左右の車輪で回転半径が異なる。今、輪軸が一定の回転速度

弾性支持された1輪軸モデル

実際の輪軸は支持剛性が与えられており、ある程度の限界速度までは蛇行動は抑制されている。台車と輪軸の連結構造は、輪軸に軸受を挿入し、その上に軸箱が乗り、軸箱と台車枠がコイルばねや支持ゴムで繋がる構造が取られる。このような物体の慣性、要素間の剛性なども考慮した実際的な車両運動の解析においては、車輪・レール間のクリープ力も考慮して運動方程式を求める必要がある。蛇行動は主に左右振動・ヨーイング振動に関する現象なので、解析においては1輪軸の左右、ヨーイング方向に関する運動方程式が最も基本となる[9]。そこで右図のような、輪軸と常に一定距離を保ち並走するような固定端を想定し、これに弾性支持された1輪軸が一定速度で前進する場合を考える。解析を容易にするために輪軸の動きは小さいと考え、この場合の運動方程式は以下のようになる[10]

… (9)

… (10)

ここで、:輪軸質量、:輪軸のヨーイング回りの慣性半径、:輪軸に対するヨーイング剛性、:輪軸に対する左右支持剛性、:中立位置での左右車輪接触点間隔の1/2、:車輪平均半径、:踏面勾配、:縦クリープ係数、:横クリープ係数である。図のような前後支持剛性が与えられている場合はは以下のようになる[11]

… (11)

ここで、:輪軸に対する前後支持剛性、:輪軸の前後支持点の左右間隔の1/2である。

(9)、(10)式は、解析を簡単にするために輪軸の動きは小さいと前提を置き、以下のように簡略化を行い導出される[7]

  • 踏面勾配は一定とする。
  • 輪軸のローリング角の影響は無視する
  • 左右車輪の接触角度差の影響は無視する
  • スピンクリープによる力は無視する

また、(9)、(10)式において、慣性と剛性を無視すれば()、(3)、(5)式が得られ、幾何学的蛇行動の運動方程式と一致する。

蛇行動が発生し出す限界の速度である蛇行動限界速度[3]は、(9)、(10)式において縦クリープ係数と横クリープ係数は等しい()とし、その上にさらに近似化をして以下の式が得られる[7]

… (12)

ここで、:蛇行動限界速度、:幾何学的蛇行動波長(=(8)式)である。(12)式より、蛇行動限界速度を大きくして高速でも蛇行動を発生させないためには、幾何学的蛇行動波長を大きくすることの他に、輪軸の質量・慣性半径(=慣性モーメント)を小さくすること、輪軸の支持剛性を大きくすることが有効であることが分かる。

2軸単台車の蛇行動特性

剛台車の幾何学的蛇行動

実際の鉄道車両は1軸では成り立たず、ボギー台車のように台車に輪軸が拘束される構成が取られる。台車蛇行動の基本的特性を考察するために、2つの輪軸が台車に剛に取り付された単体の台車を想定する。このような台車を剛台車と呼び、1916年にカーター(Carter)により、以下のような剛台車の左右、ヨーイング方向に関する運動方程式が導かれた[12]

… (13)

… (14)

ここで、:台車質量、:台車のヨーイング回りの慣性半径、:中立位置での左右車輪接触点間隔の1/2、:車輪平均半径、:踏面勾配、:クリープ係数(縦クリープ係数=横クリープ係数)、:台車内の2つの輪軸間距離(軸距)の1/2、:左右方向外力、:ヨーイング回りの外力である。輪軸単体の場合と同様に、この台車が慣性力を無視してレールに対して車輪が滑らないという仮定の下により解析される剛台車蛇行動を、台車の幾何学的蛇行動と呼ぶ[1]。上式の慣性、外力の項を無視することで幾何学的蛇行動の運動方程式が得られ、以下のような台車の幾何学的蛇行動の波長が得られる[7]

… (15)

すなわち、蛇行動を長周期化して影響を抑えるには、長い軸距が有効である。台車を持たず車体と輪軸が直接連結する二軸車の場合は、軸間距離を車体内の2つの輪軸間距離と置き換えればよい。

輪軸弾性支持台車の場合

実際の台車では、曲線通過などを考慮して輪軸は台車に対してある程度の柔らかさを持った剛性で支持されていることが一般的である。このような輪軸を弾性支持する単台車の蛇行動波長 は、小柳による近似式などがある[13]。台車、輪軸の慣性を無視する前提で以下のような式となる。

… (16)

ここで、:1輪軸に対するヨーイング剛性、:1輪軸に対する左右支持剛性である。(16)式の近似式の適用条件としては、左右車輪接触点間隔が軸距の半分程度以下()であることを前提としている[13]。式の形より、輪軸を弾性支持する単台車の蛇行動波長は、1輪軸の幾何学的蛇行動波長と剛台車の幾何学的蛇行動波長の間となる。

より実際の蛇行動解析

実際の鉄道車両では、車体-台車-輪軸が相互に連結された構造となっている。そのため、比較的単純なモデルを考えたとしても、車両の運動方程式は10自由度以上となる[14]。なおかつ各要素間は、線形な弾性支持だけでなく、粘性減衰要素や摩擦要素などによる結合となる。そのため、代数的な取扱いで解を求めることは不可能となる。代わりの方法として、コンピュータを用いた数値解析による手法を用いて車体の最適な諸元を求めることができる。具体的には、固有値解析によるものと時刻歴シミュレーションによるものがある[3]

車両の運動に関わる非線形要素を無視あるいは線形近似を行い、線形の運動方程式が得られる場合は、特性方程式を立てて固有値を求めることで、その系の安定性を判別することができる。自由度が多い場合は解析的に固有値を求めるのが困難になるため、ヤコビ法QR法のような数値解析により行列の固有値を求める[15]。得られた固有値の実部が安定性を表し、虚部が固有振動数を表す。ある速度を与えたときの固有値の実部が、負であればその速度で安定となる[16]

また、クリープ力の飽和やフランジ接触、ばね、ダンパの非線形特性、ストッパ接触のような非線形要素を設定して走行安定性を求めたい場合は、それらの要素を含んだ非線形運動方程式を立て、数値積分により時刻歴応答を得る手法が取られる[14]。車体、台車、輪軸の動きを時刻歴に出力することで蛇行動の発生有無を確認できる。


  1. ^ a b c d 鉄道総合技術研究所. “鉄道技術用語辞典”. 2013年9月22日閲覧。
  2. ^ 「鉄道車両技術入門」p.1
  3. ^ a b c 「鉄道車両技術入門」pp.20-21
  4. ^ a b c 「電車のメカニズム」pp.72-73
  5. ^ 「車両システムのダイナミックスと制御」p.8
  6. ^ a b 「車両システムのダイナミックスと制御」pp.10-11
  7. ^ a b c d 「鉄道車両のダイナミクス」p.26
  8. ^ a b c 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」p.7
  9. ^ 「鉄道車両のダイナミクス」p.23
  10. ^ a b 「車両システムのダイナミックスと制御」p.127
  11. ^ 「車両システムのダイナミックスと制御」p.131
  12. ^ a b c d e f g h i j 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」pp.13-15
  13. ^ a b 「軸箱柔支持台車の蛇行動波長」p.1731
  14. ^ a b 「鉄道車両のダイナミクス」pp.27-29
  15. ^ 「鉄道車両のダイナミクス」p.3
  16. ^ 「車両システムのダイナミックスと制御」p.134
  17. ^ a b c 「鉄道車両のダイナミクス」p.14
  18. ^ 「電車のメカニズム」p.71
  19. ^ a b c d e f 小泉智志「台車技術からみた鉄道車両の高性能化の状況と今後の展望」『新日鉄住金技報』第395巻、新日鉄住金、2013年、 12-13頁。
  20. ^ 「鉄道車両メカニズム図鑑」p.225
  21. ^ 「電車のメカニズム」p.75
  22. ^ a b 「鉄道車両メカニズム図鑑」p.217
  23. ^ a b 「電車のメカニズム」pp.43-44
  24. ^ a b 「車両システムのダイナミックスと制御」pp.111-112
  25. ^ 「鉄道車両のダイナミクス」p.105
  26. ^ a b 「ボルスタレス台車」p.35
  27. ^ 「電車のメカニズム」pp.16-17
  28. ^ a b 「鉄道車両のダイナミクス」p.130
  29. ^ a b 「新世代鉄道の技術」pp.96-97
  30. ^ a b 「鉄道車両のダイナミクス」p.132
  31. ^ 「新世代鉄道の技術」pp.188-189
  32. ^ a b c 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」pp.9-10
  33. ^ a b c d e 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」pp.16-17
  34. ^ a b c d e 「零戦から新幹線まで」p.627
  35. ^ 「Fundamentals of Rail Vehicle Dynamics」p.10
  36. ^ a b 「東海道新幹線に関する研究開発の回顧」p.1561
  37. ^ a b c 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」pp.19-20
  38. ^ a b c d 「A history of engineering research on British Railways」pp.19-20
  39. ^ 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」p.26
  40. ^ 「A history of engineering research on British Railways」p.36
  41. ^ a b c 中村和雄「〔390〕鉄道車両のだ(蛇)行動に関する研究コンテストの結果〔Bull. SFM, 1957, 7eme Annee, No. 24, p.45-46〕」『日本機械学會誌』第62巻第486号、日本機械学会、1959年7月5日、 1138頁、 doi:10.1299/jsmemag.62.486_1138_3NAID 110002456999
  42. ^ 「東海道新幹線に関する研究開発の回顧」pp.1562-63
  43. ^ 「Handbook of Railway Vehicle Dynamics」pp.28-29
  44. ^ a b 植木健司「輪重横圧測定のあゆみ」『鉄道総研RRR』第69巻第10号、2012年、 29頁。
  45. ^ 「鉄道車両のダイナミクス」p.92





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