東京箱根間往復大学駅伝競走 競技方法・ルール

東京箱根間往復大学駅伝競走

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/09 15:38 UTC 版)

競技方法・ルール

東京箱根間往復大学駅伝競走競技実施要項[51]並びに東京箱根間往復大学駅伝に関する内規第5章「競技細則」第15条 - 第21条に基づいて行われる。

概要と走行方法

  • 各競技者とも走行は1区間に限られる(内規第15条第2項)[1]。競技者は競技中に理由の如何を問わずいかなる人の手助けを受けても失格となるとされているが、大会医務員が触診のために競技者の身体にふれても手助けとはならない(内規第15条第4項)[1]。当然ながら禁止薬物の使用は厳禁とされており(内規第15条第5項)[1]、大会の要項にはドーピング検査等に関する規定がある[51]
  • 1区と6区を除く往路と復路の各区間において給水が実施されるが、給水場所の選定や実施方法については駅伝対策委員会で設定される(内規第15条第6項)[1]。各区間の給水場所(給水ポイント)は、近年チーム間で給水の必要性が議論されて設けられたものである。ただしマラソンなどで行われる給水とは異なり、テーブルに置かれたボトルなどを取るのではなく、各チームの部員あるいは各チームが許可した大学関係者が伴走しながら渡す。必ずしも長距離部門の部員に限られておらず、2013年の往路では早稲田大学のやり投げ選手であるディーン元気が、2020年には東洋大学の競歩選手である川野将虎が給水スタッフを務めた[52]ほか、駒澤大学OBの芸人・M高史[53]、JRA(日本中央競馬会)に所属する騎手の松岡正海[54]も給水スタッフを務め、2024年の往路では父から子への給水が行われたこともある[55]。給水要領[56] によると主催者が用意する水・スポーツドリンクを使用することとしており、競技者はいずれかもしくは両方を飲むことができる。ボトルは協賛しているポッカサッポロフード&ビバレッジのものが使用されている(ヴィッテル→ヴァットヴィレール→富士山麓のきれいな水)。以前は監督による直接の給水が2回まで認められていたが、給水方法が道路交通法に抵触するおそれがあるため2015年の第91回大会から禁止された。
  • 鉄道踏切における遮断閉鎖は不可抗力ではあるが、審判員が計時を行い、その間のロスタイムは競技者の所要時間に含まれないこととなる(内規第15条第7項)[1]。実際には近年は鉄道会社の配慮によって電車の一旦停止やダイヤ調整が行われている。京急蒲田第一踏切の高架化(2011年からは臨時ダイヤで上下線共に高架上り線を列車が走行している。正式開業は2013年、詳細は後述)によって、第87回(2011年)以降に競走路上に存在している踏切は箱根登山電車の小涌谷踏切のみとなった。
    • 東海道踏切(JR東海道線横須賀線。通称・戸塚大踏切。現在は廃止) - かつては戸塚中継所の近くにある東海道線・横須賀線の東海道踏切(戸塚大踏切)を通るコースが設定されたが、開かずの踏切だったため、状況によっては長時間の立ち往生を余儀なくされた[57]。当時は踏切での足止めによるタイムロスが計算されず、業を煮やした選手が踏切上で立往生した貨物列車のすき間をかいくぐったり、列車が来ない合間を見計らって踏切を突破したりすることもあった。第20回(1939年)では、先行する専修大学を猛追していた日本大学が、ここでの足止めが元で優勝を逃したというケースもあり、このタイムロスを味わった選手は「あの時以来横須賀線には乗らない」と振り返っている。しかし、1953年、当時首相の座にあった吉田茂が大磯の私邸から上京する際にこの区間が渋滞することに激怒し、バイパスが造られ、これによって箱根駅伝のコースもバイパス側に再設定されたため結果として踏切遮断による足止めが解消されることとなった[58](バイパスは戸塚道路も参照)。戸塚大踏切は2015年3月25日にアンダーパスが開通して廃止された[59]
    • 蒲田第一踏切(京急空港線。現在は廃止) - 第86回(2010年)までは(詳細後述)コース上(往路1区・復路10区)には京急空港線の京急蒲田駅に隣接する京急蒲田(空)第一踏切があり、ランナーの通過が予想される時刻を対象に京急本線空港線と、同路線に直通運転する都営地下鉄浅草線京成押上線成田スカイアクセス線北総鉄道北総線で臨時ダイヤを組むなどして電車の行き先を変更していた。2007年の第83回から、列車の発車は京急社員の代用手信号によって許可されるなどの措置が取られていた[注 12]。第84回(2008年)では東海大学の選手が踏切内の線路につまづいて足を痛め、その後20km過ぎで棄権に至るというアクシデントが発生した。2010年5月16日に上り線が先行して高架化された為、第87回(2011年)・第88回(2012年)は臨時ダイヤで上下線共に高架上り線を走行するようになり、選手通過中は踏切を使用停止にする事が可能となったため当該ポイントでの踏切通過はなくなった。その後、2012年10月20日に下り線も立体交差化事業が完成したことによって蒲田第一踏切は完全に廃止され、臨時ダイヤでの運行も無くなった[60]
    • 小涌谷踏切(小田急箱根鉄道線〈箱根登山電車〉) - 小涌谷駅横のコース上(往路5区・復路6区)にあり、現在では選手が通過する時間帯に小田急箱根の係員が待機し、選手通過時には電車を踏切手前で停止させ、発車は代用手信号によって許可されるなどの措置がとられている[61]。第63回(1987年)では踏切に駅伝の隊列が引っかかり、やむを得ず選手を先に行かせて関係車両が後から追い掛けるハプニングもあった。最近ではバイクカメラによる中継で選手を後ろから追うことも多くなっているが、このハプニングの際には通常は選手の正面から撮影している大型の中継車が選手の後姿を放映するという、当時としては珍しい映像が放送される事態となった。第87回(2011年)以降は小涌谷踏切がコース上唯一の踏切となった。
  • 特殊事情によって審判員に走行を制止された場合のロスタイムも原則として競技者の所要時間に含まれないが、この場合の計時も審判員が行う(内規第15条第8項)[1]
    • 第77回(2001年)では、復路のスタートで2位以下のチームについてもスタート時にピストルを鳴らすように変更された。しかし、ピストルに弾を詰め直す作業が間に合わなかったためか、3位の法政大学が本来の時間から25秒遅れてスタートするハプニングがあり、この年の法政大学の記録はこの25秒を含まない時間となる。これを教訓として、翌年の箱根駅伝からは再び2位以下は手旗によるスタートに戻っている。

服装・ナンバーカード・タスキ

  • 出場各競技者の服装(ランニング用シャツ、ランニング用パンツ、トレーニング用シャツ等)は、各チーム統一のものを使用した上で胸部と背部に大会本部指定のナンバーカードを取り付けるが、学連選抜チームは各選手の所属校のものの着用が認められる(内規第16条第1項)[1]。テレビ中継が始まったころからPRの目的でユニフォームを変更する大学も見られた。戦前から出場している伝統校は、胸にアルファベット1文字のユニフォームが多く(早稲田大学の「W」、中央大学の「C」など)、新興校は校名を漢字で記載するケースが多い。テレビの生放送開始後に初出場した大学は、色合いなどが目立つユニフォームの採用も見られる。
  • タスキは事前に連盟に提出された各チーム独自のタスキ3本のうちの1本を中継し、残りの2本は大会本部が保管する(内規第16条第2項)[1]。繰り上げ出発のチームは、大会本部で用意する黄色と白色のストライプのタスキを使用することになるが、5区と10区については各校とも事前に連盟に提出された各チーム独自のタスキを使用する(内規第16条第3項)[1]。繰り上げタスキの色は長年茶色が採用されていたが、テレビ放送開始後は早稲田大学の臙脂色のタスキと間違えやすいことから、第68回(1992年)より黄色と白のストライプのものに変更された。

走行不可能

途中棄権

競技者が競技中にケガや疾病などによって走行困難となり歩行、立ち止まり、横臥などの行動に移った場合で、本人が競技続行の意思をもっている場合にも、運営管理車に同乗の競技運営委員、走路管理員、監督またはコーチの三者の合意によって競技を中止させることができる(内規第17条第1項)[1]。競技中止の通告は、大会の競技運営委員が当該走者に対して赤旗を挙げて示す、という手順で行われる[62]

競技者が走行困難となり競技中止・途中棄権となった場合、その区間の前区間までの記録は公式に認められるが、次区間からはオープン参加として繰り上げ出発し以後走行そのものは許されるが記録は公式に認められない(内規第17条第2項)[1]

大会史上、計11大会で延べ15チームが途中棄権している。

過去の各大会での途中棄権・各区での途中棄権
途中棄権した学校
大会 学校名(区間/原因)
第25回(1949年) 神奈川師範学校(3区)
第34回(1958年) 横浜市立大学(9区)
第52回(1976年) 青山学院大学(10区/脱水症状による痙攣)
第71回(1995年) 順天堂大学(10区/左足疲労骨折)
第72回(1996年) 神奈川大学(4区/左足疲労骨折)
山梨学院大学(4区/右アキレス腱損傷)
第77回(2001年) 東海大学(2区/体調不良)
第78回(2002年) 法政大学(2区/右足アキレス腱損傷および脹脛肉離れ)
第84回(2008年) 順天堂大学(5区/脱水症状による低血糖症)=大学として2度目
大東文化大学(9区/脱水症状による痙攣)
東海大学(10区/京急蒲田駅踏切での右足首捻挫による靱帯損傷)=大学として2度目
第85回(2009年) 城西大学(8区/低血糖症による痙攣)
第89回(2013年) 城西大学(5区/低体温症及び脱水症)=大学として2度目
中央大学(5区/低体温症及び脱水症)
第90回(2014年) 山梨学院大学(2区/右足腓骨疲労骨折)=大学として2度目
区間別の棄権回数
区間 件数 発生回次
1区 000 00 -
2区 003 第77回
第78回
第90回
3区 001 第25回
4区 002 第72回(2校)
5区 003 第84回
第89回(2校)
6区 000 00 -
7区 000 00 -
8区 001 第85回
9区 002 第34回
第84回
10区 003 第52回
第71回
第84回
  • 途中棄権は1970年代までの50回以上行われた大会の中で3件しか発生していなかった。しかし第71回(1995年)に順天堂大学が19年ぶりの途中棄権となって以降、第90回までの20年間で延べ12件の途中棄権が発生している。この20年の間には同一大会での複数校による途中棄権も3度発生している。しかし、第91回(2015年) 以降は途中棄権は1度も発生していない。
  • 同一大会で途中棄権校が最も多かったのは3校が棄権した第84回(順天堂大学、大東文化大学、東海大学)である。第72回(神奈川大学、山梨学院大学)、第89回(城西大学、中央大学)では2校が棄権している。
  • 同一大会の同一区間での複数校による途中棄権は、これまでに第72回(4区、神奈川大学と山梨学院大学)、第89回(5区、城西大学と中央大学)の2度生じている。
  • 複数回途中棄権となったことがある大学は、順天堂大学(第71回、第84回)、東海大学(第77回、第84回)、城西大学(第85回、第89回)、山梨学院大学(第72回、第90回)の4校である。
  • これまでの計11大会で発生している途中棄権のうち、第71回以降では2年続けて途中棄権が発生するケースが4度生じている(第71回と第72回(2校)、第77回と第78回、第84回(3校)と第85回、第89回(2校)と第90回)。
  • 早い段階での途中棄権は、第77回では東海大学が、翌年の第78回では法政大学が、第90回大会では山梨学院大学が、それぞれ2区で途中棄権している。最も短い距離での棄権は2区7.3km過ぎ地点での棄権となった第78回の法政大学である。
  • ゴール間近での途中棄権は、往路では第84回の順天堂大学が5区の芦ノ湖ゴールまで残り500mの地点で棄権している。復路では第52回の青山学院大学が10区のゴールまで残り150mの地点で棄権している。
  • 前年優勝校による途中棄権は、これまで2度生じている。第72回の山梨学院大学、第84回の順天堂大学である。
  • これまで途中棄権が最も多い区間は、過去3チームが棄権している2区、5区及び10区である。途中棄権が発生していないのは1区、6区及び7区である。
  • 途中棄権した大学は以降の区間でオープン参加の扱いとなるが、棄権した以降の区間で参考記録ではあるが区間1位の公式記録を上回るタイムを記録したケースが2度生じている。第85回9区での城西大学(復路8区で棄権)、第89回8区の中央大学(往路5区で棄権)であるが、いずれの場合も参考記録扱いのため区間賞とはならなかった。ただし、かつては個人記録および一部のチーム記録(往路で途中棄権した場合は復路のチーム記録のみ)が公認されたことがある。第72回では7区と9区で神奈川大学(往路4区で棄権)が、10区で山梨学院大学(往路4区で棄権)が途中棄権した以降の区間で区間賞を獲得している。
  • 5区、10区以外で途中棄権した場合、次の区間のスタート時間は大会規定により繰り上げスタートと同様の扱いとなっているが、交通事情を考慮し、審判主任の裁定によりそのスタート時間を早める場合もある。第72回の4区で神奈川大学と山梨学院大学が途中棄権した際は、本来は先頭通過から20分後に小田原中継所をスタートするところ、交通渋滞を考慮し、最後尾(13番手)の東洋大学がタスキリレーを行った1分後に両校が一斉スタートとなった。第78回の2区で法政大学が途中棄権した際は、本来は先頭通過から10分後に戸塚中継所をスタートするところ、最下位(14位)の東海大学がタスキリレーを行ったと同時にスタートとなった。
  • 棄権には至らないものの故障や体調不良によるブレーキの事例が例年生じている。チーム競技である駅伝の特性上、体調を崩したり故障箇所を抱えている場合であっても、選手は「タスキをつなぎたい」と思うがゆえに無理を押して走行を続けようとし、監督も棄権は良しとしない傾向が見られる[63]。この場合、指揮官としても止めがたい側面もあるが、場合によっては選手生命にも影響を及ぼしかねないため、途中棄権についての判断の是非は重要課題となっている。
  • 途中棄権を回避するには、コンディションの悪い選手のエントリーからの除外、区間エントリー時に補欠選手と交代などがある。エントリー数が20チームに増加した第79回(2003年)から、本番までのチームマネジメントに時間的猶予を配している。しかし本番直前の時期に調整不足や体調不良であった場合でも、その選手がそれまで良い成績を記録していたりチームのまとめ役だったりすると、本人が強い責任を感じている傾向にある上、監督としてもチーム事情を考慮した上で強行出場させてしまうケースがまま散見され、途中棄権の解消には至っていない。2012年(第88回)には東京農業大学の5区の選手がエントリー締切後に不調を訴える事案も発生した。この選手は中盤以降はジョギングほどのペースまで速度が落ちながらも、1位のフィニッシュから約40分後に無事に完走した。

代走(再走)

現行ルールでは存在しないが過去の記録の上では、正規の選手が走行不能となった時に補欠選手が改めて走り直す「代走(再走)」が行われているケースが確認できる。これは当時のルールが「走行不能になった場合、途中棄権とはならず、代走にて再度該当区間初めから走り直し記録は残る」[64] となっていた事による。このケースでは同一区間について複数名の選手名の記載が確認できる資料がある。このような「代走(再走)」で過去の記録の上では5件確認されている。

代走(再走)の記録
記録上確認できる「代走(再走)」
大会 大学名 区間 「代走(再走)」理由
第11回 (1930年) 日本大学 9区 正規選手の転倒による走行不能
第13回 (1932年) 東京文理科大学 1区 正規選手のアキレス腱痛による走行不能
明治大学 4区 正規選手の心拍異常による走行不能
第29回 (1953年) 日本体育大学 3区 正規選手の右大腿骨骨折による走行不能
法政大学 8区 正規選手の転倒による走行不能

タスキの中継方法

タスキの受け渡しは、前走者が完全に所定の中継線を通過した上で、中継線の進行方向20m以内で次走者に渡して行うこととなっている(内規第18条第2項)[1]

繰り上げ出発(繰り上げスタート)

往路の鶴見・戸塚中継所については先頭走者から10分遅れたチーム、往路の平塚・小田原中継所については先頭走者から15分遅れたチーム、復路すべての中継所については先頭走者から20分遅れたチームは、交通規制の時間を長引かせないため、各中継所審判主任の裁定で、前走者が到着しなくても次の走者を出発させる(内規第19条)[1][65]。これを「繰り上げ出発」という[1](報道などでは「繰り上げスタート」と言われる)。

繰り上げ出発を採用する他の駅伝と同様に、チームが繰り上げ出発となった場合、走者は「繰り上げタスキ」と呼ばれるタスキをかける。箱根駅伝の場合、内規第16条第3項により、繰り上げ出発のチームは、2区から4区・7区から9区では、大会本部で用意する黄色と白色のストライプのタスキを使用することになる[1][注 13]。そのため、それまで走っていた選手らにとっては、自らの学校のタスキが全区間つながらなかったという悔しさがにじみ出る瞬間であるといわれ、実際に日本テレビの放送では「無念の繰り上げ」という表現も使われる。同時に出場校はすべての中継所で繰り上げを回避するべく高い競技レベルを維持することが要求される。

繰り上げ出発が行われた場合、各チームが走行している順位(見かけ上の順位)と実際の順位が異なる場合を生じるため、チームの総合順位は見た目のタイムに繰り上げ分の時間差を加算して算出される。テレビ中継における順位は、繰り上げ出発による時間差が換算された上で表示される。

繰り上げ出発となったチームの場合、走行順で最初にゴールした場合でも繰り上げ分の時間差を加算すると総合優勝とならないケースがある。

2012年(第88回)では、神奈川大学の9区走者が鶴見中継所まで残り100m地点で脱水症状のため転倒し、ふらふらになりながら繰り上げスタート直前に10区走者にタスキを渡した。このシーンでは日本テレビが独自に計測した繰り上げまでの時間と公式記録に差があったため、日本テレビではあたかも繰り上げ出発の時間を過ぎても審判員が選手がタスキを渡し終えるまで繰り上げ出発を行わなかったかのように見え(画面では繰り上げまでの時間が数秒間0:00と表示されていた)、大きな話題を呼んだ(公式記録では1位からちょうど20分差)。

復路のスタート

復路のスタートは、1位から10分以内の大学は時差出発を行い、その他の大学は1位校のスタートから10分後に全員揃って同時出発する(内規第20条)[1]。つまり、往路のゴールにおいて1位から10分を超えて到達した大学は、3日の復路では午前8時10分(JST)に同時出発となる(報道では「復路一斉スタート」「繰り上げ一斉スタート」などと呼ばれる)。

同時出発が行われた場合も繰り上げ出発と同様に、見た目のタイムに繰り上げ分の時間差が加算される。しかし、一斉出発の場合は往路からつないできたタスキが途切れるわけではないため、「無念の」などの表現が用いられることは少ない。

復路の一斉スタートも10分ではなく15分ないし20分にすべきという主張もあるが、交通規制などの関係から難しいとされる。

同タイムの順位

走行結果が同タイムの場合はゴールの着順に基づき成績順位とする。ただし、繰り上げ出発などによりゴールの着順が成績順位を示さない場合の同タイム校の順位決定は、区間上位者数の多少によるものとされる。まず区間1位の数で比較し、同数ならば区間2位の数と順位を一つずつ下げながら数を比較していき、多い方が上位となる(内規第21条)[1]

この方法でも同タイム校が複数になった場合は、すべて同順位として扱われ、10位同タイム校が複数になった場合は、すべて10位校として翌年へのシード権が与えられる(内規第21条)[1]


注釈

  1. ^ a b c 読売新聞東京本社千代田区大手町の社屋建て替えのため、2010年9月から中央区銀座日産自動車旧本社ビルに一時移転していた(“読売新聞 一時移転のおしらせ”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2010年8月23日). オリジナルの2010年9月15日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20100915051122/http://www.yomiuri.co.jp/info/info20100823.htm )。
  2. ^ 大学日本一を決める全日本大学駅伝対校選手権大会(同年11月第1日曜日開催。以下「全日本大学駅伝」という)には、同大会のシード校(第50回までは前年上位6位、第51回からは前年上位8位)のほか、関東からは6月に実施される地区選考会で出場校を決定する。
  3. ^ 2023年度の第100回は関東学連所属校以外にも門戸を開き、関東以外の11校が予選会に出場したが、本大会に出場したのは全て関東学連所属校だった(関東学連所属校以外の最上位は、京都産業大学の27位)。
  4. ^ 竹石は4年生の第96回大会(2020年)を怪我で欠場。どうしても最後に走りたいという強い希望で内定していた企業への就職を辞退して留年を選び、第97回大会(2021年)に出場した。竹石の出場申込回数は2年生時の第94回大会(2018年)、3年生時の第95回大会(2019年)の2回であったため、参加資格を満たしていた。また、島崎は第98回大会(2022年)を怪我で欠場し、出場申込回数が上限に到達していなかったことから留年を選び、第99回大会(2023年)に出場した。
  5. ^ 嶋津は3年生の前期となる2020年4月から9月までの半年間休学していたため、本来予定されていた2022年3月に卒業できず留年することになった。この場合は所属大学の卒業時期を半年、最大で1年遅らせることが可能[10]で、なおかつ前述の出場申込資格が4回未満なら出場可能[11]となっていた。なお、嶋津は1年生時の第95回大会予選会(創価大は予選会敗退)[12]並びに本戦にエントリー登録されていなかったことから出場申込資格は第98回大会終了時点で1回残っており、最後の出場となる第99回大会にもエントリー登録され[13]、4区区間8位で箱根駅伝を終えた[14]。卒業後は実業団のGMOインターネットグループGMOアスリーツ)で競技を続ける[15][16]
  6. ^ 年齢制限に抵触した事例の1つとして、後に駒澤大学総監督となった大八木弘明は、社会人を経て駒澤大学に入学したこともあり、自身が4年生時の大会に出場できなかった。
  7. ^ 第97回(2021年)大会より。それ以前は往路・復路合わせて最大4名であった。
  8. ^ 第75回大会に初設定(5000m18分00秒00以内)。その後年々参加標準記録が引き上げられ、第87回大会から「5000m16分30秒00以内もしくは10000m34分00秒00以内」となった。さらに第95回大会から5000mの参加標準が廃止され、10000mのみとなった。
  9. ^ 2017年(第93回)の第10区で、東京国際大学4年の照井明人が同区で区間賞を取った順天堂大学・作田直也より2秒早い1時間10分58秒でゴールし、「幻の区間賞」となった。ただし、「日本学連選抜」時代は、チームとしての記録は参考記録となったが、個人記録は公認された。(出典:スポーツ報知2017年1月4日付け6面と4面記事から)
  10. ^ 箱根駅伝に既に出場権を得ている大学以外から選抜され、関東以外の大学(徳山大学京都産業大学立命館大学岡山大学北海道教育大学旭川校・広島経済大学)からも選抜された。
  11. ^ 中継所移転後の2019年3月に東京都中央区に移転。現在旧本社には小田原箱根商工会議所が入居。
  12. ^ 京急空港線内は線内折り返しの普通列車のみ運行されるが、列車の通過にある程度の時間確保が必要なため(片方通過で約1分半、両方通過で約3分)、鶴見中継所と雑色駅付近に京急の社員を配備し、その情報とテレビ中継を基に踏切付近に設置した特設本部で列車の運行と踏切閉鎖を判断していた。
  13. ^ このため各出場校は、1区から使う正規のタスキと、5区が繰り上げになった場合の予備(その場合、このタスキは6区以降の走者も使用する)、そして10区が繰り上げになった場合の予備という、3本のタスキを同じデザインで作成し、大会本部に提出して許可を受ける必要がある。
  14. ^ 『箱根駅伝70年史』(1989)には平均タイムが60分を切ったための特例とあるが、この著のベースになったと思われる山本邦夫『箱根駅伝60年』(1978)には16校である理由の記述はない。
  15. ^ 同一区間内で複数校が途中棄権したのも大会史上初。
  16. ^ 上武大学の所属選手としては過去に選抜チームの一員として出場経験有り。
  17. ^ a b 新法人になってからは、ゼッケンの特別協賛のサッポロビールのマークが変わった(サッポロビール→SAPPORO)。
  18. ^ a b 第91回(2014年度)大会より。BS日テレによる予選会中継にて確認。
  19. ^ 敷島製パンは第92回までは「協力」としてクレジットされていた。テレビ中継において販路に該当しない地域(県・圏域)の局ではACジャパンの啓発CMに差し替えていたが、2016年(第92回)はACジャパンの啓発CMが流れなかった(※販路に該当しない地域でもPascoのCMは流れた)。
  20. ^ 敷島製パンは第92回までは「協力」としてクレジットされていた。
  21. ^ 新聞の報道やNHKの録画VTRなどにも記録されている。
  22. ^ 総合優勝ではない場合、混雑防止などもあってチーム全員がゴールスペースにいることはほぼないため、チーム全員でお辞儀をすることは出来ない。
  23. ^ この記念碑について、実際には、石碑の表面に銅版彫のプレートがはめ込まれており、そこには「東京・箱根 往復(”・”の箇所には聖火トーチの図柄)」と「関東大学駅伝競走第35回記念(”第”は略字表記、”回”は「はしご回」表記、”記”の右側は「巳」表記)」の文字が刻み込まれている[110][112]
  24. ^ 例えばプロ野球日本シリーズオールスターゲームサッカー天皇杯、あるいは中央競馬における東京優駿(日本ダービー)というカテゴリーとして。
  25. ^ ただし、出雲駅伝において同一大学から複数人の留学生が出場した事例は、2011年の拓殖大学が最後となっている。
  26. ^ 全日本大学駅伝では1990年代に名古屋商科大学台湾人留学生を起用した例がある。予選会においては第99回(2022年)で関東学院大学から韓国人留学生が出場したほか、東京大学大学院や防衛大学校からスポーツ留学ではない留学生が出場した例がある。
  27. ^ 女子陸上長距離は全国に強豪校が点在しているためこの現象が起こっていない。
  28. ^ 陸上競技マガジン』及び『月刊陸上競技』。毎年2月号あたりで載せている次年度の主要大会日程表にも、日本陸連が主催又は後援の大会、及びその協力団体の主催大会しか記載されておらず、箱根駅伝の名前はない。
  29. ^ 箱根駅伝は全日本大学駅伝や出雲駅伝に比べ、区間数や、区間あたりの距離の平均が非常に大きい上、他の学生駅伝には無い「山登り」「山下り」の区間も存在するなど、学生駅伝の中では最も過酷である。
  30. ^ 1982年までは系列局自体がなかったため、サンテレビジョンにも同時放送され、1983年からはテレビ大阪を皮切りに、メガTONネットワークの各局向けにも放送されていた。番組自体は往路の個所を録画ダイジェストで放送したのち、後半がゴールの個所を軸にした内容を放送した。
  31. ^ ギタヒ、ワンジル、カロキは世界陸上オリンピックに母国・ケニア代表として出場経験があり、中でもワンジルは2008年北京オリンピックマラソン金メダル、カロキも世界陸上、オリンピックの10000mで複数回入賞している。
  32. ^ このうち、木滑良宮脇千博・岩田勇治は高校卒業後大学には進学せず実業団に所属。上門大祐京都産業大学の出身。河合代二は麗澤大学2年時の第88回大会関東学連選抜のメンバーとして9区にエントリーされたが、当日エントリー変更されている。
  33. ^ 箱根駅伝未経験の選手は、2019年大会にも出場した上門大祐、橋本崚、河合代二のほか、高校卒業後実業団に進んだ古賀淳紫丸山文裕、松本稜、広島大学出身の相葉直紀、兵庫県立大学出身の村本一樹、駒澤大学出身だが大学三大駅伝への出場は一度もなかった小山裕太の9人である。
  34. ^ 正確には「箱根駅伝への出場を制限しない」とする決定である。
  35. ^ NHKクロニクル(NHKアーカイブス)でさかのぼることができる最古の年。ラジオ番組のデータは1992年4月1日以降のものしか表示できないため。
  36. ^ 1993年のタイトルは『新春野党インタビュー』。なお翌1994年は箱根駅伝中継終了後に『新春党首インタビュー』と題した番組が放送されている。
  37. ^ 2014年までは、日本プロ野球(NPB)クライマックスシリーズと重複した場合にシリーズの試合中継を優先したため、重複する時間には実況音源をインターネット向けに配信。2015年にはクライマックスシリーズとの二元中継を実施したが、2016年からは出雲駅伝の中継を優先している。
  38. ^ NRN加盟局以外ではCBCラジオでも放送されている。
  39. ^ かつて一部の局では別番組を放送するため、中継が長時間中断する(11:00飛び降り、12:30(13:00)飛び乗りなど)例があったが、近年は長時間中継を中断する局はみられない。
  40. ^ 番組の途中には、日本テレビから映像・情報の提供を受けている旨のアナウンスを随時挿入。
  41. ^ 放送上の名義は「小川真由美アナウンサー」
  42. ^ 2007年以降は、有期雇用契約扱いの女性アナウンサーが代々担当。担当日に文化放送のみで流れる中継直前番組にも出演する。
  43. ^ かつては、文化放送の女性アナウンサーが担当していた。
  44. ^ 実際には中断の間に正時を跨ぐため、最初の2分間をCMに充てた後に、時報をはさんでローカル編成へ移行するネット局が多い。中断の前に文化放送から「ネットスタジオ担当」による中断のアナウンスが入る。
  45. ^ 沿道の商店・民間施設の敷地を中継所の実況に借用する場合には、当該中継所を紹介する場合に、当該商店・施設に関するPRコメントを中継担当のアナウンサーが入れることがある。
  46. ^ かつては、菅野詩朗(2012年9月の定年退職後に通過ポイントの実況を毎年担当)や吉田涙子(放送事業局報道スポーツセンター所属の報道記者、2014年までは制作部所属のアナウンサー)が中継所のリポーターを務めた。
  47. ^ 文化放送時代にもスポーツアナウンサーとして出演
  48. ^ 放送上の名義は「鬼頭里枝アナウンサー(またはリポーター)」
  49. ^ 放送上の名義は「小笠原聖アナウンサー」で、2024年から担当。
  50. ^ STVラジオではない。これは、土曜日の日中に通常番組『ウイークエンドバラエティ 日高晤郎ショー』(2018年春終了)の放送が優先される事情に配慮した措置とされる。
  51. ^ 文化放送制作の番組では、2018年以降に埼玉西武ライオンズ中日ドラゴンズセ・パ交流戦を中心に『文化放送ライオンズナイター』と『CBCラジオ ドラゴンズナイター』の相互ネットを実施する年があるものの、定期的な同時ネット番組は箱根駅伝実況中継のみである。放送対象地域の愛知・三重両県内で開催される全日本大学駅伝では、文化放送制作の中継を2019年までZIP-FMが、2020年からTOKAI RADIOが同時ネット。
  52. ^ 清水次郎(2007年・2008年:東京都・早稲田大学出身) → 山下剛(2009年 - 2011年:神奈川県・早稲田大学出身)→ 高野純一(2012年 - 2015年:千葉県・早稲田大学出身)→ 平岩康佑(2016年 - 2018年:東京都・法政大学出身)
  53. ^ 往路・復路とも、2007 - 2015年・2017年は平塚中継所、2016年は戸塚中継所を担当。
  54. ^ 大会開催が平日と重なった場合、『ニュース・パレード』(文化放送制作のNRN向け全国ニュース)を通して、派遣アナウンサーによる実況音源がラジオ大阪から流れることがあった。
  55. ^ ラジオ日本制作分は関東地方(2012-13年は群馬県と栃木県を除く)と近畿2府4県(兵庫・大阪は2012年から、京都は2018年から、滋賀・奈良・和歌山は2022年から)のみ。
  56. ^ 2019年まで制作局の文化放送および同局と個別の中継回線でネット受けする一部の局(朝日放送ラジオやNRN非加盟のCBCラジオ)はステレオ放送で、NRN回線での配信をネット受けする局(秋田放送・北海道放送・中国放送など)は回線の都合上モノラル放送だったが、2020年はステレオ放送によるネット局が増加した(北海道放送・北日本放送・RSK山陽放送・西日本放送・中国放送・山口放送など。秋田放送などモノラル放送の局もあり)。
  57. ^ ラジオ日本は2011〜13年開催分の予選会の、文化放送は2014年以降の全日本大学駅伝(第46回以降)および2015年以降の出雲駅伝(第27回以降)の配信実績がある。
  58. ^ ただし、公式ガイドブックとなっているものは協力している陸上競技社発行のものであって、共催である読売新聞社のものは公式ではないことに注意。

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