料理の鉄人 特別番組/特別企画

料理の鉄人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/16 14:24 UTC 版)

特別番組/特別企画

正月などには特番として「完全なる料理の鉄人」が放送された。その舞台は日本国内に留まらず、香港フランス北京ニューヨークなど世界各地で開催された。

海外決戦

1995年から始まった海外ロケ特番企画。

1995年香港決戦

ワンマッチ形式

1995年3月31日放送

出場者…梁偉基(中)、周中(中)、道場六三郎(和)、陳建一(中)

  • 第1試合…梁(先攻)VS陳(後攻) テーマ食材…豚
    • 審査員…浅野ゆう子、岸朝子、呉家麗、蔡瀾

ジャッジ表

出場者 浅野 合計 得票
16 16 20 20 72 2
17 18 15 10 60 2
  • 第2試合…周(先攻)VS道場(後攻) テーマ食材…大伊勢海老
    • 審査員…浅野ゆう子、岸朝子、ジャッキー・チェン、蔡瀾

ジャッジ表

出場者 浅野 ジャッキー 合計 得票
18 16 13 16 63 1
道場 20 20 19 16 75 4

1996年フランス決戦

ワンマッチ形式

1996年4月12日放送

出場者…ベルナール・ルプランス(仏)、ピエール・ガニエール(仏)、坂井宏行(仏)、中村孝明(和)
審査員…島田陽子、岸朝子、ジョエル・ロブション、ピエール・トロワグロ

  • 第1試合…ルプランス(先攻)VS中村(後攻) テーマ食材…鮭

ジャッジ表

出場者 島田 ロブション トロワグロ 合計 得票
ルプランス 15 17 15 15 62 2
中村 17 18 13 13 61 2
  • 第2試合…ガニエール(先攻)VS坂井(後攻) テーマ食材…オマール

第2試合では、調味料を含めた食材を全て自分で購入した。

ジャッジ表

出場者 島田 ロブション トロワグロ 合計 得票
ガニエール 16 19 16 18 69 2
坂井 17 20 12 13 62 2

1996年北京決戦中国四大料理対決

この大会では予選は1対1の対決ではなく4人対戦形式で行われた(決勝は従来通り1対1の対戦)。予選上位2名が決勝進出。陳と坂井の2人で陳の祖先の墓参りに向かうシーンも。四川省成都から奥地へバスで2~3時間、さらに30度を超す暑さの中、2時間歩くシーンが放映された。

1996年10月11日放送

出場者…孫利平(北京)、蘇徳興(上海)、庄偉佳(広東)、陳建一(四川)
審査員…谷村新司、斉藤由貴、蔡瀾、コン・リー、岸朝子

  • 予選 テーマ食材…鶏

ジャッジ表

出場者 試食順 谷村 斉藤 コン 合計 順位
1番 17 18 18 13 19 85 1位
2番 17 16 16 17 17 83 3位
3番 15 15 13 13 16 72 4位
4番 17 18 14 16 19 84 2位
  • 決勝 孫(先攻)VS陳(後攻) テーマ食材…フカヒレ

ジャッジ表

出場者 谷村 斉藤 コン 合計 得票
17 18 17 18 17 87 1
18 19 18 17 18 90 4
優勝…陳建一

Mr.IRON CHEF決定戦

1994年と1995年の2度にわたり開催された特番企画で、1994年は過去の勝利挑戦者から選抜で4名が出場し、トーナメント戦で勝ち上がった挑戦者が道場と対戦。なお、挑戦者同士の対戦が見られたのはこの時が初めてである。

1995年は道場引退試合を兼ねて当時の鉄人坂井と陳が道場への挑戦権をかけて対戦した。なお、鉄人同士の対戦が見られたのはこの時が初めてである。

1994 Mr.IRON CHEF決定戦

1994年12月23日・1995年1月2日放送

出場者…程一彦(中)、山田宏巳(伊)、清水忠明(仏)、神田川俊郎(和)、道場六三郎(和・シード選手)
予選審査員…景山民夫、高田万由子、岸朝子

  • 予選第1試合(1994年12月23日放送) 山田(先攻)VS神田川(後攻) テーマ食材…伊勢海老
    • 勝者…神田川
  • 予選第2試合(1994年12月23日放送) 清水(先攻)VS程(後攻) テーマ食材…牛肉
    • 勝者…清水
  • 予選決勝(1995年1月2日放送) 清水(先攻)VS神田川(後攻) テーマ食材…アワビ
    • 勝者…神田川
  • 1994 Mr.IRON CHEF決定戦(1995年1月2日放送) 神田川(先攻)VS道場(後攻) テーマ食材…ブリ
    • 審査員…石坂浩二、高田万由子、橋本龍太郎、岸朝子
    • 1994 Mr.IRON CHEF…道場六三郎

番組本によると、フレンチの出場者は、当初、ジャック・ボリーが選ばれたが、ボリーは辞退している。そして、アルトア・ルターが選ばれて参戦することになったが、「クリスマスで店の予約がいっぱい」との理由でドタキャンしたと、制作スタッフは、怒りを露わにしている。そして、清水忠明が急遽選ばれ、常連客の了承を得て、出場したという。

1995 Mr.IRON CHEF決定戦

1995年12月22日・1996年1月3日放送

出場者…坂井宏行(仏)、陳建一(中)、道場六三郎(和・シード選手)

  • 対道場挑戦者決定戦(1995年12月22日放送) 陳(先攻)VS坂井(後攻) テーマ食材…鶏
    • 審査員…栗本慎一郎、景山民夫、水野真紀、蔡瀾、岸朝子

ジャッジ表

出場者 栗本 景山 水野 合計 得票
坂井 19 16 18 16 16 85 2
20 18 17 15 17 87 3
対道場挑戦権獲得者…陳
  • 1995 Mr.IRON CHEF決定戦兼道場引退試合(1996年1月3日放送) 陳(先攻)VS道場(後攻) テーマ食材…牛肉 
    • 審査員…野村克也、浅野ゆう子、大島渚、蔡瀾、岸朝子

ジャッジ表

出場者 野村 浅野 大島 合計 得票
17 19 19 12 17 84 0
道場 19 20 20 17 19 95 5
1995Mr.IRON CHEF…道場六三郎

鉄人ワールドカップ

チャンピオンシップ大会とも言える特別企画。イタリアのジャンフランコ・ヴィッサーニ、フランスのピエール・ガニエール、アラン・パッサール、中国の許成ら、世界的にも著名なシェフが参戦し、鉄人と激闘を演じた。

第1回大会 東京都有明(1995年)

1995年10月6日放送

出場者…ピエール・ガニエール(仏)、ジャンフランコ・ヴィッサーニ(伊)、許成(中)、道場六三郎(和)

  • 第1試合(ヨーロッパ予選) ヴィッサーニ(先攻)VSガニエール(後攻) テーマ食材…マグロ
    • 審査員…木村太郎、岸朝子、蔡瀾、ジュリー・ドレフィス、ジョルジオ・リンドー

ジャッジ表

出場者 木村 ドレフィス リンドー 合計 得票
ヴィッサーニ 19 16 16 19 18 88 4
ガニエール 17 15 18 18 17 85 1
  • 第2試合(アジア予選) 許(先攻)VS道場(後攻) テーマ食材…イカ
    • 審査員…第1試合と同じ

ジャッジ表

出場者 木村 ドレフィス リンドー 合計 得票
10 14 14 13 13 64 0
道場 16 19 16 19 15 85 5
  • 決勝戦 ヴィッサーニ(先攻)VS道場(後攻) テーマ食材…鴨
    • 審査員…石坂浩二、鈴木杏樹、海部俊樹、蔡瀾、ジュリー・ドレフィス、ジョルジオ・リンドー

ジャッジ表

出場者 石坂 鈴木 海部 ドレフィス リンドー 合計 得票
ヴィッサーニ 16 17 17 10 19 19 98 3
道場 18 15 19 15 18 17 102 3
優勝…道場六三郎

この放送中にオウム真理教幹部上祐史浩が逮捕されるというニュースが入ったため、一時河田町本社(当時)報道フロアからの臨時ニュースに差し替えられた。

第2回大会 京都府嵐山(1997年)会場/京都嵐山キッチンスタジアム

1997年10月10日放送

出場者…アラン・パッサール(仏)、パトリック・クラーク(米)、劉錫坤(中)、中村孝明(和)
審査員…北大路欣也、一色紗英、蔡瀾、岸朝子、ダニエル・バーマン、クリスチャン・ブサランク

  • 第1試合(アジア予選) 劉(先攻)VS中村(後攻) テーマ食材…牛肉

ジャッジ表

出場者 北大路 一色 バーマン ブサランク 合計 得票
19 15 12 16 14 14 90 0
中村 20 17 14 18 17 18 104 6
  • 第2試合(欧米予選) パッサール(先攻)VSクラーク(後攻) テーマ食材…オマール

ジャッジ表

出場者 北大路 一色 バーマン ブサランク 合計 得票
パッサール 19 20 20 19 15 18 111 5
クラーク 17 18 10 17 17 16 95 1
  • 決勝戦 パッサール(先攻)VS中村(後攻) テーマ食材…フォアグラ

ジャッジ表

出場者 北大路 一色 バーマン ブサランク 合計 得票
パッサール 19 17 20 17 14 18 105 3
中村 20 19 17 16 17 16 105 3

優勝者…中村孝明、アラン・パッサール(両者同点の為パッサールと中村の両者優勝)

大晦日お節決戦

1996年12月31日から翌1997年1月1日まで生放送。同年のフジテレビの年越し番組を務めた。 「大晦日お節決戦」(道場六三郎vs中村孝明)では、100人前を1時間40分で進行。調理は新年を迎える午前0時がタイムリミットというルールだった。助手は道場、中村双方の店より10名を選出。なおこの時は通常の審査員の他に、これまでの歴代の挑戦者も審査員として参加するなど、番組史上最大のスケールで行われた。坂井、陳は審査には参加せず、ゲスト解説者扱いとなる。ただ、試食時に箸が足りなかったのか、ゲスト審査員だった羽田孜は手で食べていたなど、ハプニングが絶えなかったようである。テーマ食材はお台場FCGビル前に設営された流鏑馬(やぶさめ)会場にて決定。「肉」「魚介」「野菜」の三つの的にそれぞれ四つの食材が割り当てられていた。放送は河田町社屋から送出されていたが、97年3月10日の移転を控えて96年秋から試験運用が行われていたお台場のFCGビルのスタジオが使われていた

出場者…中村孝明(和)、道場六三郎(和) 

テーマ食材…豚、サツマイモ、タコ

  • 審査員…羽田孜・綏子夫妻、浅野ゆう子、景山民夫、落合博満・信子夫妻、梅宮辰夫・ヴィクトリアクラウディア梅宮夫妻、岸朝子、松本幸四郎・藤間紀子夫妻ほか歴代挑戦者計100名
  • 対戦結果…中村55票、道場45票で中村の勝利

鉄人スペシャルタッグマッチ

イタリアンの鉄人・神戸が加わり、鉄人4人体制になった事から、鉄人対鉄人のタッグマッチを開催。スタジアムには主宰を模した氷像が飾られた。

1997年8月8日放送

出場者…陳建一、中村孝明(アジアチーム)、坂井宏行、神戸勝彦(ヨーロッパチーム)

テーマ食材…スイカ

  • 審査員…栗本慎一郎、斉藤慶子、名高達男、岸朝子

ジャッジ表

出場者 栗本 斉藤 名高 合計 得票
坂井・神戸 20 19 17 18 74 4
陳・中村 19 18 16 17 70 0

鹿賀主宰2000皿試食記念対決

今大会は中華、フレンチから各ジャンル3名の料理人が当時の現役鉄人をリーダーに据えてチームを組んでの団体戦となった。料理の完成度を高めるため、今大会のみ対決一週間前にテーマ食材が発表された。

1998年8月28日、9月4日放送

出場者(太字は各チームリーダー)…オールフレンチチーム(坂井宏行、石鍋裕、城悦男)、オールチャイニーズチーム(陳建一、脇屋友詞、宮本荘三)

テーマ食材…豚肉、すっぽん、バナナ(いずれも鹿賀の好物である)

  • 審査員…栗本慎一郎、石井苗子、福井謙二、岸朝子

ジャッジ表

チーム 栗本 石井 福井 合計 得票
全仏 19 19 20 19 77 2
全中 20 20 19 18 77 2

両チーム同票かつ同点だが鹿賀の裁定でオールフレンチチームの勝利。

インドネシア出張料理

1999年5月28日・6月4日放送

「主宰の古くからの友人、インドネシア国王、ハメンクブウォノ10世から「鉄人の料理を披露してもらいたい」という手紙が届いた。主宰はすぐさま2人の鉄人を手配した」という設定の元、実際にハメンクブウォノ10世を始めとした、インドネシア王室の方々に晩餐会にて、和の鉄人、道場六三郎森本正治がその腕を披露した[23]

最強鉄人決定戦・世界最強シェフ決定戦

1999年9月10日から3週連続放送(レギュラー放送最終シリーズ)

レギュラー放送最終回となった「最強鉄人決定戦」「世界最強シェフ決定戦」には現役、名誉鉄人7人全員が一堂に会し(レギュラー放送では最初で最後)、石鍋と道場は審査員を務めた。

更にキッチンスタジアム最終戦「世界最強シェフ決定戦」開始前には6年間の歴代挑戦者200人(全員ではない)が入場するなど、番組史上最大のスケールとなった。

出場者…神戸勝彦(伊)、陳建一(中)、森本正治(和)、坂井宏行(仏)、アラン・パッサール(仏・シード選手)

  • 最強鉄人決定戦 予選第1試合(1999年9月10日放送) 神戸(先攻)VS陳(後攻) テーマ食材…東京X(豚)
    • 審査員…加納典明、菊池桃子、曙、岸朝子、石鍋裕

ジャッジ表

出場者 加納 菊地 石鍋 合計 得票
神戸 19 19 19 16 16 89 0
20 20 20 19 17 96 5
  • 最強鉄人決定戦 予選第2試合(1999年9月17日放送) 森本(先攻)VS坂井(後攻) テーマ食材…ピーマン
    • 審査員…栗本慎一郎、真野響子、北大路欣也、細木数子、道場六三郎

ジャッジ表

出場者 栗本 真野 北大路 細木 道場 合計 得票
森本 19 19 19 19 18 94 0
坂井 20 20 20 20 20 100 5
  • 最強鉄人決定戦 決勝戦(1999年9月24日放送・レギュラー放送最終回) 陳(先攻)VS坂井(後攻) テーマ食材…オマール
    • 審査員…梅宮辰夫、浅野ゆう子、蔡瀾、細木数子、道場六三郎

ジャッジ表

出場者 梅宮 浅野 細木 道場 合計 得票
16 20 19 20 19 94 2
坂井 17 19 20 19 20 95 3
最強鉄人…坂井宏行
  • 世界最強シェフ決定戦(1999年9月24日放送・レギュラー放送最終回/1997京都嵐山の事を考えての完全決着戦) パッサール(先攻)VS坂井(後攻) テーマ食材…龍崗鶏(ロンコンカイ)
    • 審査員…梅宮辰夫、三田佳子、蔡瀾、岸朝子、橋本龍太郎

ジャッジ表

出場者 梅宮 三田 橋本 合計 得票
パッサール 18 16 20 16 19 89 2
坂井 17 17 19 18 20 91 3
世界最強シェフ…坂井宏行

2000年料理始め(ミレニアムカップ)

この回では、従来の料理対決に加え、全出場者の料理の中から勝敗に関わらず、「21世紀に残しておきたいミレニアム・ディッシュ」を投票で決めるという志向だった。

  • 第1試合 趙仁良(中)VS陳建一(中) テーマ食材…アワビ
    • 審査員…加納典明、広末涼子、稲垣吾郎、チャイ・ラン、岸朝子

ジャッジ表

出場者 加納 広末 稲垣 チャイ 合計 得票
17 19 15 9 16 76 0
20 20 17 14 20 91 5
  • 第2試合 ドミニク・ブシェ(仏)VS道場六三郎(日) テーマ食材…神戸牛
    • 審査員…稲垣吾郎、広末涼子、渡哲也、チャイ・ラン、細木数子

ジャッジ表

出場者 稲垣 広末 チャイ 細木 合計 得票
ブシェ 18 20 16 17 19 90 2
道場 19 19 17 18 18 91 3
  • ミレニアム・ディッシュ…ドミニク・ブシェ

ニューヨーク日米決戦

2000年3月28日、『火・曜・特・番!!』(最終回)で放送。

「料理の鉄人」が海外で放送されていることを受け、鉄人たちがNYへ渡米。番組の前半はその様子を綴ったドキュメンタリーで構成。解説はデーブ・スペクター、冷蔵庫前レポーターには長野智子が担当。なお主宰はナレーションのみの出演。

  • 森本正治(日)VSボビー・フレイ(米) テーマ食材…ロッククラブ
    • 審査員…ドナ・ハノーバー、ザガット夫妻、ジョン・ウイリアムス

ジャッジ表

出場者 ハノーバー T・ザガット N・ザガット J・ウイリアムス 合計 得票
森本 19 19 19 19 76 4
フレイ 18 17 15 18 68 0

21世紀料理始め

2戦とも過去に行われた対戦のリベンジという構成だった。

  • 第1試合 神田川俊郎(日)VS坂井宏行(仏) テーマ食材…鯛
    • 審査員…陣内孝則、秋吉久美子、野村忠宏、石原伸晃、細木数子

ジャッジ表

出場者 陣内 秋吉 野村 石原 細木 合計 得票
神田川 20 20 19 18 19 96 5
坂井 17 19 18 17 17 88 0
  • 第2試合 ボビー・フレイ(米)VS森本正治(日) テーマ食材…伊勢エビ
    • 審査員…峰竜太、菅野美穂、曙関、クリストファー・J・ラフルアー、岸朝子

ジャッジ表

出場者 菅野 曙関 クリストファー 合計 得票
フレイ 17 18 20 17 17 89 4
森本 18 17 19 14 15 83 1

JAPAN CUP 2002

本格的なレギュラー復活を視野に入れた演出で制作された。

主宰は鹿賀から本木雅弘に交代。新たに鉄人を据えるが、この時点では「候補」とし、美食アカデミーが挑戦者を当てて、査定する(この演出は今回のみ)。

本木の登場に際し、番組の冒頭でブラックジョークさながらに初代主宰の鹿賀を追悼した。

  • 予選
    • 審査員…細木数子、道場六三郎、服部幸應
    • テーマ食材…車海老(伊)、豚(仏)、かぶ(和)

日本料理パートのみ、道場から該当者なしの判定が下されたため、後日日本料理パートのみ再予選を行った。

  • 再予選
    • 審査員…同じ
    • テーマ食材…大根
  • 準決勝A組 陳建一(中・シード選手)VS胡雄一郎(仏) テーマ食材…タラバガニ
    • 審査員…加納典明、浅野ゆう子、曙親方、細木数子、主宰
    • 勝者…陳

ジャッジ表

出場者 加納 浅野 細木 新主宰 合計 得票
15 19 18 17 14 83 0
19 20 20 19 16 94 5
  • 準決勝B組 野永喜三夫(和)VS田辺猛(伊) テーマ食材…本マグロ
    • 審査員…放送では省略されたため不明
    • 勝者…野永
  • 決勝戦 野永(和)VS陳(中) テーマ食材…インギー鶏
    • 審査員…石原伸晃、浅野ゆう子、花田勝、岸朝子、主宰
    • 優勝…野永喜三夫

ジャッジ表

出場者 石原 浅野 花田 新主宰 合計 得票
野永 19 18 19 17 20 93 3
17 19 18 18 19 91 2

注釈

  1. ^ なお、1993年10月10日放送の第1回(対決)の制限時間は90分間だった。翌週10月17日放送の第2回(フォアグラ対決)より60分間に変わった。
  2. ^ ただし、1993年10月31日放送のフグ対決では、主宰の試合開始宣言の後、ふぐ調理師の有資格者がその場で、毒を含む部分と食用が許可された部分を分離する処理を行い、その後改めて、福井アナの合図により60分間の試合が開始された。
  3. ^ この時は両者に調理中アクシデントが発生し納得がいく料理を作れなかったためこのような措置が取られた。
  4. ^ 正確な所在地は千代田区平河町
  5. ^ 加賀田京子、小林カツ代、崔玉芬の3名に敗退、ただし加賀田とはその後再対戦で勝利している。陳の対女性挑戦者との対戦記録は8勝3敗となっている。
  6. ^ ただし、特番で1敗している。
  7. ^ 5連勝以上だと4回達成している。
  8. ^ 坂井ととろろ芋対決で対戦した藤井宗哲の妹。藤井も登場。
  9. ^ 小林カツ代の息子。
  10. ^ 1回目の8連勝の時は道場とのタッグマッチでの勝利を挟む。
  11. ^ a b 三兄弟の長男サルヴァトーレ・クオモと次男ラッファエレ・クオモのタッグ。
  12. ^ 1995年末に山陰中央テレビ制作、中国・四国ブロックネット5局にて放映されたオマージュ番組『決定!鉄人の鍋』の優勝者。「鉄人甲子園」岡山県代表として出場。
  13. ^ 放送4ヶ月後の1997年5月15日、不慮の転落事故(店舗内の階段で転倒し、頭部を負傷)により37歳の若さで急逝。鉄人への挑戦者の中では最初の物故者となり、後述の1999年9月に放送された世界最強シェフ決定戦の際には会場の挑戦者席に遺影が飾られた。
  14. ^ 当時の夫は元プロ野球選手で、当時大阪近鉄バファローズの二軍投手コーチを務めていた小林繁。シーズン中の放送だったが、小林本人も実況席ゲストとして出演していた。
  15. ^ 個人戦での記録。ただし間にタッグマッチでの1敗を挟む。
  16. ^ 2012年12月31日放送分「アイアンシェフ」の成績を加えると、40戦34勝5敗1分 通算勝率85.0%となる。
  17. ^ 神田川も中村と同じく「なだ万」の出身であり、奇しくも「なだ万」出身者同士の対戦となった。
  18. ^ この対決のテーマ食材選定と発表も、主宰ではなく道場が行っている。
  19. ^ ただし、復活版アイアンシェフで、和のアイアンシェフ黒木純も初戦黒星となっている。またこの日の対戦相手の萩原はリターンマッチで2回目の出演だった。
  20. ^ 後身の『アイアンシェフ』でも「鹿賀主宰は亡くなった」という設定になっており、2012年10月26日放送の初回2時間SPでは、冒頭で主宰の玉木宏が、初代主宰の鹿賀の墓を訪れていたシーンが存在した。当然、鹿賀は2022年7月現在も存命である。
  21. ^ 特番も含む。レギュラー放送での通算成績は2勝1敗。陳と中村に勝利、坂井に敗れている。
  22. ^ 陳に対しては団体戦での勝利。ただしこの団体戦は同票かつ同点の結果となったが鹿賀の独断で最終判定がなされた。
  23. ^ タコが食材の対戦では番組初期に陳も程に敗れている。
  24. ^ 坂井に敗れた2敗のうち1回は団体戦での敗北。またこの団体戦では陳と宮本荘三とチームを組んでの出演だった。
  25. ^ 山野辺自身も福島県の出身である。
  26. ^ 基本的にLUNA MATTINOの衣装が使われていた。
  27. ^ 評価額3000万円の物もあり、塩をたっぷり盛られた後にバーナーで炙られるという使われ方をされた。調理中にガラスの器(これは普通の食器)が割れる場面もあり、関係者をハラハラさせる中での対決となった。
  28. ^ うち1勝は引き分け再試合での勝利。
  29. ^ このシーンはもう使用されていない
  30. ^ なお、政見放送という性質上、これはこの番組のネット局であったテレビ静岡以外の在静民放3局と静岡県内のNHK総合テレビでも放送された。
  31. ^ 日曜日時代は、当該時間帯で日本テレビ系列の『オシャレ30・30』を1週遅れで放送していた関係で、30分遅れの23:00 - 23:30に放送していた。その後1994年4月の金曜23時に移行と共にフジテレビ系列シングルネット化され、同時ネットとなった。
  32. ^ ニュースJAPAN』初回放送の拡大部分でも提供。
  33. ^ その前はJT1996年12月6日のみ時間帯の都合でセコム)のCMを放送していた

出典

  1. ^ 日本放送協会 (2016年11月4日). “『きょうの料理』一挙93本、若き日の“鉄人”たちも!”. NHK番組発掘プロジェクト通信. 2023年3月14日閲覧。
  2. ^ 「中華の鉄人」で活躍、四川飯店グループ会長陳建一さんが死去”. 朝日新聞 (2023年3月14日). 2023年3月14日閲覧。
  3. ^ a b 日本テレビ (2023年3月14日). “料理人の陳建一さん、間質性肺炎のため死去 67歳 “中華の鉄人”としてテレビで活躍”. 日テレNEWS. https://news.ntv.co.jp/category/culture/49aa7274efcf4b4b8a5092b85a7b6522 2023年3月14日閲覧。 
  4. ^ フジテレビ「料理の鉄人」 編『料理の鉄人』(初版第1刷)フジテレビ出版、1994年8月10日、58、64ページ頁。ISBN 4-594-01495-X 加賀田にはその後逆リターンマッチを挑み勝利した。
  5. ^ フジテレビ「料理の鉄人」 編『料理の鉄人』(初版第1刷)フジテレビ出版、1994年8月10日、116、121ページ頁。ISBN 4-594-01495-X 
  6. ^ 「料理の鉄人大全」p.87、p.165によれば、この時に坂井は陳に「陳さんが辞めるなら俺も辞める」「やるんだったら二人で一生懸命やろう」と語ったという。
  7. ^ 「料理の鉄人」司会の鹿賀丈史が陳建一さんに追悼コメント「いつも笑顔を絶やさないお人柄でした」”. スポーツ報知 (2023年3月14日). 2023年3月14日閲覧。
  8. ^ 《追悼》フレンチの鉄人・坂井宏行シェフが盟友・中華の鉄人へ「大好きでした」”. テレビ朝日 (2023年3月14日). 2023年3月14日閲覧。
  9. ^ 和の鉄人・道場六三郎さん、陳建一さんを追悼「僕も92歳で年寄りだから、待っててよ」”. ENCOUNT (2023年3月14日). 2023年3月14日閲覧。
  10. ^ 「料理の鉄人大全」 p161
  11. ^ 「料理の鉄人大全」 p163
  12. ^ 「料理の鉄人大全」 p.103
  13. ^ 「料理の鉄人大全」 pp.102 - 107の本人へのインタビューでは、「いかにも「なだ万」らしい料理を作っても『料理の鉄人』では勝てない」「あの番組では伝統的な和食は喜ばれない」として、それに気づくまでは苦労したことを吐露している。
  14. ^ 有馬温泉 四季の彩 旅篭|館主・大田忠道”. 2019年5月16日閲覧。
  15. ^ 「料理の鉄人大全」 pp.120 - 125
  16. ^ 「料理の鉄人 大全」 p.123
  17. ^ 「料理の鉄人」神戸勝彦さん死去 鎧塚俊彦氏ら追悼 - 日刊スポーツ 2019年3月19日
  18. ^ a b c 「料理の鉄人大全」 pp.76 - 79
  19. ^ 料理の鉄人 : 13年ぶり“復活” 10月からレギュラー放送”. 毎日新聞 (2012年9月7日). 2012年9月7日閲覧。
  20. ^ 「料理の鉄人大全」 p.50
  21. ^ 「料理の鉄人大全」 p.151
  22. ^ 「料理の鉄人大全」 pp.55 - 58
  23. ^ インドネシア出張料理
  24. ^ アーカイブされたコピー”. 2007年12月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月3日閲覧。
  25. ^ フジ『料理の鉄人』がNetflixで復活 アメリカ版は6月に全世界独占配信、ブラジル版・メキシコ版も制作へ Netflixコンペティションショー『アイアン・シェフ~伝説の鉄人を探求~』”. 株式会社フジテレビジョン (2022年5月3日). 2022年5月3日閲覧。
  26. ^ 「料理の鉄人」アメリカ版、Netflixで6月15日から世界190の国と地域で配信”. 日刊スポーツ (2022年5月3日). 2022年5月3日閲覧。
  27. ^ 料理の鉄人 キッチンスタジアムツアー まとめ (セガサターン)/ファミ通.com
  28. ^ a b c セガサターンマガジン 1996年2月23日号 217ページ






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