形而上学 歴史

形而上学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/06 04:08 UTC 版)

歴史

古代

アリストテレス

歴史の中で、形而上学的な問題の研究であれば、古代ギリシアに遡ることができる[3]ソクラテス以前の哲学者と呼ばれる古代ギリシアの哲学者は、万物の根源を神でなく、人によってその内実は異なるにせよ何らかの「原理」(アルケー)に求めたのであって、哲学はもともと形而上学的なものであったともいえる。

ソクラテスプラトンも、現象の背後にある真因や真実在、「ただ一つの相」を探求した。

しかし、形而上学の学問的な伝統は、直接的には、それらを引き継いだ古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『形而上学』に始まる[3]。彼の著作は西暦30年頃アンドロニコスにより整理されたが、その際、『タ・ピュシカ』(: τὰ φυσικά, ta physika、自然(についての書))に分類される自然学的書作群の後に、その探求の基礎・根本に関わる著作群が置かれた。その著作群は明確な名を持たなかったので、初期アリストテレス学派は、この著作群を、『タ・メタ・タ・ピュシカ』(τὰ μετὰ τὰ φυσικά、自然(についての書)の後(の書))と呼んだ。これが短縮され、『メタピュシカ』(: μεταφυσικά: metaphysica)として定着、後の時代の各印欧語の語源となり、例えば英語では「メタフィジックス」(metaphysics)という語となった。

上記のごとく、書物の配置に着目した仮の名称「meta physika(自然・後)」が語源なのだが、偶然にも、その書物のテーマは"自然の後ろ"の探求、すなわち自然の背後や基礎を探るものであり、仮の名前が意味的にもぴったりであったため、その名のまま変更されずに定着した[注釈 3]。アリストテレスの著作物の『形而上学』では存在論神学普遍学と呼ばれ西洋形而上学の伝統的部門と現在みなされている三つの部分に分けられた。また、いくつかのより小さな部分、おそらくは伝統的な問題、すなわち哲学的語彙集、哲学一般を定義する試みがあり、そして『自然学』からのいくつかの抜粋がそのまま繰り返されている。

  • 存在論存在についての研究である。それは伝統的に「存在としての (qua) 存在の学」と定義される。
  • 神学はここではあるいは神々そして神的なものについての問いの研究を意味する。
  • 普遍学は、全ての他の探求の基礎となるいわゆるアリストテレスの第一原理の研究と考えられる。そのような原理の一つの例は矛盾律「あるものが、同時にそして同じ点で、存在しかつ存在しないことはありえない」である。特殊なリンゴは同時に存在し、かつ存在しないことはありえない。普遍学あるいは第一哲学は、「存在としての (qua) 存在」を扱う―それは、誰かが何かある学問の個別的な詳細を付け加える前に全ての学問への基礎となるものである。これは、因果性実体元素といった問題を含む。

中世

アリストテレスの形而上学は、その後、中世におけるアンセルムスアクィナスなどによる神学的な研究を経ながら発展してきた。中世のスコラ学では、創造者たるを万物の根源であるとして、神学的な神の存在証明を前提とし、普遍存在自由意思などなどの形而上学的問題を取り扱ったのである。

近世

近代に入ると、デカルトは、スコラ学的な神学的な神の存在証明を否定し、絶対確実で疑いえない精神を、他に依存せず存在する独立した実体と見、その出発点から、理性によって神の存在(および誠実さ)を証明するという方法をとった。ジョン・ロックはデカルトの生得説を批判したが、やはり神の存在は人間の理性によって証明できるとした(いわゆる宇宙論的証明)。

これらの大陸合理論経験論に対して、人間自身の理性的な能力を反省するカントは、神の存在証明は二律背反であるとして理性の限界を示し、理論的な学問としての形而上学を否定した[3]。カントは、その著書『プロレゴメナ』において、それまでの形而上学を「独断論」と呼んで批判し、ヒュームが独断論のまどろみから眼覚めさせたとした。以後、哲学の中心的なテーマは、認識論へと移っていった。

現代

19世紀から20世紀の現代の形而上学の時代になると、近代に解明された理性と経験の対立を踏まえながら、存在論的な研究が発展することになる。生の哲学を展開したアンリ・ベルクソン現象学を発展させたハイデガーなどは新しい形而上学の方法論によりながら人間の存在をめぐる意識や社会について研究している[3]

20世紀前半に活躍したウィーン学団論理実証主義を奉じ、その立場から形而上学を攻撃した。その代表的論客カルナップは意味の検証理論に則り、形而上学の命題は経験的にも論理的にも検証ができないがゆえに無意味であると主張した。彼によれば、経験的に形而上学で出てくる「存在」や「形相」のような語が用いられている命題の正しさを検証できないし、そのような命題は論理的にも検証できない。彼は分析命題と総合命題の区別に則っており、ここで論理的に検証できるのは分析命題である[4]

形而上学を定義することの困難の一部は、何世紀も前にアリストテレスの編者に根源的に形而上学的と考えられなかった問題が、次々に形而上学に加えられてきたことにある。また、何世紀にも渡って形而上学的と考えられていた問題が、概して現在において、宗教哲学心の哲学知覚の哲学言語哲学科学哲学といった、その独特の分離した副次的主題へと追いやられている点にある。

分析的形而上学

1970年代以降の、分析哲学の手法を用いて様相、因果性、個体と普遍者、時間と空間、自由意志といった形而上学的主題を扱う哲学を分析的形而上学と称することがある。もともと分析哲学の潮流においても、同一性や決定論のように形而上学的主題は扱われていたが、「形而上学」という呼称は独断的という意味あいをもつネガティブなものだった。この状況が変化した契機には、様相論理学メレオロジーなど形式的な体系が成功をおさめたことが挙げられる。これによって、可能性や必然性といった現実を超えたことがらを扱う様相の形而上学的理論が登場することになった。可能性や必然性といった様相概念を論じる意義に対しては、形而上学の排斥を掲げた論理実証主義を批判し総合・分析の区別に疑義を呈したクワインも否定的であった。これは、典型的な分析的形而上学者もであり、クワインの弟子でもあるデイヴィド・ルイスが、様相実在論で個体とその集合を基礎に据えた存在論を可能世界にまで拡張したことと対照的である。その他、バークリ研究から出発し科学的世界観と普遍者の実在論の調停を目指したD.M.アームストロングや、現象学の薫陶を受けたロデリック・チザムなど、多様な哲学的背景をもった分析的形而上学者がいるのも特徴的である。


注釈

  1. ^ アリストテレスは形而上学を「第一哲学」と位置づけていた。それは個別の存在者ではなく、存在するもの全般に対する考察であり、だからこそ形而上学という語は「meta」と「physics」の合成語として成り立っている。
  2. ^ 形而上学の「形而上」とは元来、『易経』繋辞上伝にある「形而上者謂之道 形而下者謂之器」という記述の用語であったが、明治時代に井上哲次郎がmetaphysicsの訳語として使用し広まった。中国ではもとmetaphysicsの訳語に翻訳家の厳復による「玄学」を当てることが主流であったが、日本から逆輸入される形で「形而上学」が用いられるようになった。牧田英二「中国語・日本語の漢字をめぐって―中国語のなかに移入された外来語としての日本語―」『講座日本語教育』第10号、早稲田大学語学教育研究所、1971年7月、162-169頁、NAID 120000785141 
  3. ^ 印欧諸語のmetaphysics、Metaphysikなどの訳語として、日本語をはじめとする漢字文化圏では、「形而上学」を当てており、これは『易経』繋辞上伝の“形而上者謂之道、形而下者謂之器”(形よりして上なる者これを道と謂い、形よりして下なる者これを器と謂う)という表現にちなんだ造語である。印欧語のmetaには、「〜の背後に」のほかにも「〜を超えた」という意味があり、自然を規定する超越者の学という意味では(語源を表現しきれていないことを除いては)学の内容をよくあらわしている。

出典

  1. ^ a b c d 『岩波哲学小事典』「形而上学」の項目
  2. ^ 竹田青嗣著『中学生からの哲学「超」入門』ちくまプリマー新書、2009年 pp74-76
  3. ^ a b c d 後掲加藤
  4. ^ 「書評:ヴィクトル・クラーフト「ウィーン学団」-科学と形而上学」大垣俊一(関西海洋生物談話会Argonauta7:20-30.2002)[1][2]
  5. ^ 黒河内晋「近代産業主義の起源--フランシス・ベーコン像の再評価」『ソシオサイエンス』第6号、早稲田大学大学院社会科学研究科、2000年、263-276頁、ISSN 13458116NAID 120000792656 
  6. ^ 毛沢東「矛盾論」
  7. ^ 唯物辩证法终将代替形而上学 ——毛泽东哲学思想浅谈





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