局所麻酔薬 局所麻酔薬の概要

局所麻酔薬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/20 00:02 UTC 版)

麻酔薬 > 局所麻酔薬
麻酔法の分類。局所麻酔薬は全身麻酔薬と作用部位が異なる。

手術の場合、全身麻酔のための全身麻酔薬とは異なり、局所麻酔薬は意識を失うことなく、体の特定の場所に痛みのない状態を作り出す。また、特定の神経経路に使用する場合(神経ブロック)、運動麻痺力の低下)を得ることも可能である。

概要

臨床用局麻は、アミド型およびエステル型局所麻酔薬の2つの型に分類される。合成局麻は、構造的にコカインに関連している。コカインとの違いは、乱用の可能性が非常に低く、高血圧(少数の例外を除いて)や血管収縮を引き起こさないことである。力価により下記の通りに分類される[2]

低力価 中力価 高力価
プロカイン メピバカイン

プリロカイン

クロロプロカイン英語版

リドカイン

テトラカイン

ブピバカイン

エチドカイン

これらの薬剤は、以下のような様々な局所麻酔に使用されている。

これらの薬剤名の末尾にある「-caine」は、かつてコカインが局所麻酔薬として使用されていたことから、コカイン(cocaine)にちなんで命名されたものである。

作用機序

局所麻酔薬は、主に神経細胞膜のナトリウム特異的イオンチャネル、特にいわゆる電位依存性ナトリウムチャネルを介したナトリウムの流入を阻害することにより作用する[3]。ナトリウムの流入が阻害されると、活動電位が発生できなくなり、信号伝導が阻害される。

塩基型とイオン型

局所麻酔薬が電位依存性ナトリウムチャネル(NaV)に作用する概念図。

局所麻酔薬の共通の構造として、脂溶性の高い芳香基(ベンゼン環)と、水素イオンを得て電離すると水溶性となる3級アミンの双方を持っている点が特徴である[4]。分子全体としての脂溶性が高いほど局所麻酔の作用(力価)は強くなる[2]。局麻薬は弱塩基性であり、通常、水溶性にするために塩酸塩として製剤化される。このため水溶液中では、塩基型(B)とイオン型(BH+)の平衡状態にある(右図参照)[5]。塩基型のみが脂質で構成される細胞膜を容易に拡散する。細胞内に入ると、局所麻酔薬は平衡状態になり、再度イオン型が形成され、細胞外に容易に戻ることはない。これは、「イオントラップ」と呼ばれている。イオン型の状態で、局所麻酔薬は神経繊維電位依存性ナトリウムチャネル内部の細胞質端に近い特異的結合部位に結合する[3]。ほとんどの局所麻酔薬は、膜の内表面で作用する。薬物は細胞膜を透過する必要があり、これは塩基型で最もよく達成される。このことは、永久的にイオン化された局所麻酔薬であるRAC 421-II英語版が、細胞膜を横切って拡散することはできないが、神経線維の細胞質に注入された場合、NaKATPase遮断と麻酔効果を誘発することができることを例証している。局所麻酔薬は、電離していない塩基型(B)の状態で細胞膜を通過した後に、イオン型(BH+)に変わり細胞質側から電位依存性ナトリウムチャネルをブロックして、神経の信号伝達を阻害することにより作用を発揮する。創傷部の炎症によるアシドーシスは、局麻薬の作用を一部低下させる。これは、麻酔薬の大部分がイオン化しているため、細胞膜を通過して細胞質に面したナトリウムチャネルに作用する部位に到達できないことが一因である[6]

局所麻酔薬の効き方

すべての神経線維は局麻薬に感受性があるが、直径と髄鞘の組み合わせにより、局麻薬遮断に対する線維の感受性は異なり、これを分離遮断と呼んでいる。B線維(交感神経緊張)が最も感度が高く、次いでC線維(痛み)、Aδ(温度)、Aγ(固有感覚)、Aβ(触覚、圧覚)、Aα(運動)である。B線維はC線維より太いが、有髄であるため、有髄でない細いC型線維より先に遮断される 。一般に細い神経から順に麻酔されてゆく。順序としては、血管運動神経、温痛覚、触覚、圧覚、運動の順番である。臨床現場では麻酔効果の判定は主に冷たさを感じるかで行う(コールドサインテスト)。

アミド型とエステル型

エステル型局所麻酔薬の一種、プロカインの3D分子模型

アミド型エステル型とは、局所麻酔薬の分類であり、その名称は、脂溶性芳香族環と親水性アミノ基の中間鎖の化学構造にちなむ。アミド型アミド結合であり、エステル型エステル結合である[7][8]。アミド型の英語名は「アミノアミド(: amino amides)」、エステル型の英語名は「アミノエステル(: amino esters)」であるが、日本ではこの呼称はあまり普及していない。

化学構造

エステル型局所麻酔薬の一種、テトラカインの構造。脂溶性芳香族環がエステル結合で中間鎖と結びついており、親水性アミノ基が連なる。
アミド型局所麻酔薬の一種、リドカインの構造。脂溶性芳香族環がアミド結合で中間鎖と結びついており、親水性アミノ基が連なる。

構造的には、局所麻酔薬は3つの分子成分から構成されている[7]

脂溶性部分と中間鎖の化学結合には、アミド型とエステル型があり、現在の局所麻酔薬の分類の一般的な基礎となっている[7]

薬理

エステル型局所麻酔薬は、血漿中でブチリルコリンエステラーゼ(偽コリンエステラーゼ)によりパラアミノ安息香酸誘導体に速やかに代謝され、尿中に排泄される[9]。このことから、半減期が非常に短いことが示唆されている[10]。アミド型よりエステル型でアレルギーを起こしやすいと言われているが、アレルギー反応に関与しているのはエステル結合そのものでは無く、エステル型局所麻酔薬の分解産物であるパラアミノ安息香酸[11]とその誘導体である[7]。アミド型は肝代謝型であり、チトクロームP450関連酵素により分解される[8]。主に肝臓で緩徐に分解されるため、作用時間が長い傾向にある。長く麻酔薬が残存するため、ブピバカインなどの毒性が強い麻酔薬で有害作用が発生した場合は治療上の問題となる[12]。これは、肝不全患者における薬剤選択の要因となりうるが[13]、偽コリンエステラーゼは肝臓で産生されるため、生理的(例:新生児・乳児または超高齢の個人)または病理的(例:肝硬変)にも肝代謝障害はエステル型を用いる場合も考慮せねばならない。

エステル型 アミド型 天然物由来
テトロドトキシン

メントール、オイゲノール、コカインを除くほとんどの天然物由来局所麻酔薬は神経毒であり、その名称には-toxinという接尾語がついている。コカインはナトリウムチャネルの細胞内側に結合し、サキシトキシン、ネオサキシトキシン、テトロドトキシンはナトリウムチャネルの細胞外側に結合する。


注釈

  1. ^ 2023年現在の日本では定説がない。

出典

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  2. ^ a b Gropper 2020, p. 868.
  3. ^ a b Gropper 2020, p. 873.
  4. ^ Miller 2007, p. 453.
  5. ^ Gropper 2020, p. 866.
  6. ^ Miller 2007, p. 455.
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  8. ^ a b Gropper 2020, p. 865.
  9. ^ Procaine”. go.drugbank.com. 2023年2月23日閲覧。
  10. ^ Drasner, Kenneth (2017), Katzung, Bertram G., ed., Local Anesthetics (14 ed.), McGraw-Hill Education, http://accessmedicine.mhmedical.com/content.aspx?aid=1148436612 2023年2月23日閲覧。 
  11. ^ Gropper 2020, p. 875.
  12. ^ Vijay, Bhavani S.; Mitra, Subhro; Jamil, Shahin N. (2013). “Refractory cardiac arrest due to inadvertent intravenous injection of 0.25% bupivacaine used for local infiltration anesthesia”. Anesthesia, Essays and Researches 7 (1): 130–132. doi:10.4103/0259-1162.114020. ISSN 0259-1162. PMC 4173496. PMID 25885735. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4173496/. 
  13. ^ Pharmacology: PreTest self-assessment and review. New York: McGraw-Hill, Medical Pub. Division. (2002). ISBN 978-0-07-136704-2. https://archive.org/details/pharmacology00arno 
  14. ^ Allergic Reactions”. Cleveland Clinic. 2014年4月11日閲覧。
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