女系天皇
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/28 13:51 UTC 版)
概要
現在の規定
現在の皇室典範では、次のように規定されている。
- 第一条
- 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
- 第六条
- 嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする。
- 第九条
- 天皇及び皇族は、養子をすることができない。
- 第十二条
- 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。
- 第十五条
- 皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない。
したがって現在の規定では、皇族女子が、天皇又は皇族男子と婚姻する場合を除き、皇族女子の子が皇位継承権を得ることはできない。
概念
日本では天孫降臨、そして神武天皇の即位以来、男系による継承が保持され[1]、第126代の今上天皇に至るまで、男系(父方)で辿ると必ず天皇に、そして最終的には初代神武天皇に辿り着くとされてきた[1] (万世一系)
対して「女系天皇」は、もし仮にそれが容認され、配偶者が男系男子以外の場合における「女性天皇」の子孫や、神武天皇の男系に属する皇族女子を当主として創設される「女性宮家」というものが恒常的に制度化され、その当主であ皇族女子が民間人と結婚し、その間に生まれた子(=母親のみが皇族)が天皇・皇族となる場合、「神武天皇からの男系血統」の天皇とは異なる系統となり[1][6]、この事から、「女系天皇」の容認は、万世一系(=神武天皇からの皇位継承者に限っての男系)である皇統の歴史の断絶であり、「神武天皇からの男系血統を継ぐ皇室」の終焉でもあると指摘する意見がある[1]。
眞子内親王降嫁以前の時点において仮定するならば、例えば「眞子内親王と婚約内定者の民間男性との間に産まれた子」が天皇になったり、あるいは「女性天皇となった愛子内親王が民間男性と結婚し、産まれた子」が天皇になったりすると、神武天皇からの男系血統ではない者が天皇になるという[1][6]。
具体的な例
現在の皇族女子は、いずれも父方のみを辿って初代神武天皇に行き着く「男系の皇族女子」である。しかし、旧皇族(伏見宮系皇族)や皇別摂家、源氏や平氏など天皇家から分かれた「皇別家系の男系子孫」以外の男子と婚姻した場合、当該皇族女子の子は本概念における「女系」となる。
第126代天皇第一皇女子の敬宮愛子内親王や、秋篠宮家の眞子内親王、佳子内親王、そして悠仁親王を例にすると、下図となる。
★は天皇(括弧内数字は代)および現行皇室典範における皇位継承資格者。子の出生は全て仮想。
第125代天皇 明仁★ 上皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
第126代天皇 徳仁★ 今上天皇 | 秋篠宮文仁親王 (皇嗣)★ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
愛子内親王 | 眞子内親王 | 佳子内親王 | 悠仁親王★ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
♂ 女系男子◆ | ♀ 女系女子◆ | ♂ 女系男子◆ | ♀ 女系女子◆ | ♂ 女系男子◆ | ♀ 女系女子◆ | ♂ 男系男子★ | ♀ 男系女子◇ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
現在の規定では、★印の人物のみが皇位継承の有資格者である。
- ◇が即位すると仮定した場合
- 母親の血統を問わず、(男系の)女性天皇
- ◆が即位すると仮定した場合
-
- 父親が皇族等の男系男子以外:「女系天皇」
- 父親が皇族等の男系男子:(男系かつ女系の)男性天皇又は女性天皇
万世一系との相違
前節の例により、A内親王の男子(女系男子◆)が、民間人女性Bと婚姻した場合、その子は従来の概念における女系(母、母の母、その母…)を辿っても、民間人女性Bの母系に行きつくこととなり、「女系の始祖」であるはずのA内親王にたどり着かない。
一方、過去及び現在において維持される男系継承では、従来の概念における男系(父、父の父、その父…)を辿ると、必ず天皇(最終的には初代神武天皇)にたどり着く。
「女系天皇」反対派の主張としては、こうした万世一系に意義を見出す考え方がみられ[1]、その元となる『古事記』『日本書紀』の記載を重んじる傾向がある。そして『日本書紀』に基づき、紀元前660年2月11日(新暦に換算)に神武天皇が即位した日が、現代でも「建国記念の日」として制定されている[注釈 3]。よって、2600年以上綿々と継承されている世界で一つの一族による君主在位の最長記録を更新し続けているという見方も可能である[12][13][注釈 4]。
注釈
- ^ 明治時代に歴代天皇を確定させる際、天孫降臨したニニギを初代とすることも検討されていたが、1891年(明治24年)2月に神武天皇を初代とすることが確定した[8]。
- ^ この場合の将来世代の天皇については、初代の「女系天皇」以降を女系天皇と呼ぶのかについての定義は確認できない。また、初代「女系天皇」が男性の場合、その男性からの男系子孫が天皇となることを女系天皇に含むか否かの定義も確認できない。
- ^ 神武天皇即位紀元及び紀元節も参照
- ^ 歴史的にも宋の太宗は日本の「万世一系」を羨ましがり、江戸初期に訪日したロドリゴ・デ・ビベロは『ドン・ロドリゴ日本見聞録』で、長きにわたる日本の万世一系について特記している[14][15][16]。長崎の出島のオランダ商館に勤務したドイツ人医師・エンゲルベルト・ケンペルの『日本誌』にも皇統に関する同様の記述が見られる[14]。
- ^ ただし、当時皇族女子を母に持つ人間は「宮腹」と呼ばれ、普通の貴族より高貴な存在と目されていた。例えば『伊勢物語』第84段では、主人公の男について「母なむ宮ありける」(母は宮様であった)として、高貴な身の上であることが強調されている。
- ^ また、欽明から推古、斉明にかけての系譜にも少なからず改ざん・造作が行われたとの説もあり、系譜自体も慎重な検討が必要であるとする説もある。それ以前の皇統については、折口信夫が考察した
中天皇 (折口の論「女帝考」に出てくる言葉。飯豊青皇女や神功皇后に触れ、「神と天皇との間に立つ仲介者なる聖者」、「天皇と特別の関連に立たれる高巫であることは想像せられる」と折口は述べている)を考慮すれば、女系天皇(純然たる女系あるいは男系でなく双系という意見もある)であった可能性も少なくないとの説もある[要出典]。 - ^ 皇族男子以外への降嫁は、10世紀以降である(降嫁の項を参照)。
- ^ 皇太子
- ^ さらに徹底して、折口信夫の中天皇あるいは高群逸枝が言うヒメ・ヒコ制で歴史を整理すれば、『古事記』・『日本書紀』の矛盾の多くが解決し、巨大古墳の被葬者の治定も容易に定まることになるとする意見[誰?]もある(が、このことは特に皇位継承が女系足り得たかどうかとは関係しない)。
- ^ 庶子が王位に就いた例として、内戦を経たエンリケ2世 (カスティーリャ王)など。
出典
- ^ a b c d e f g h i 水間 2019, pp. 27–33
- ^ 小堀・櫻井・八木 2006
- ^ a b 小堀 2012, pp. 30–35
- ^ 岩波国語 2011, p. 717
- ^ デジタル大辞泉「女系」
- ^ a b c d 水間 2019, pp. 99–115
- ^ デジタル大辞泉「女系天皇」
- ^ a b 原 2017 p.66
- ^ 竹田 2020, p. 33
- ^ (竹田恒泰/谷田川惣『女性天皇と女系天皇はどう違うのか』PHP研究所〈PHP〉、2020年3月31日、125頁)
- ^ (竹田恒泰/谷田川惣『女性天皇と女系天皇はどう違うのか』PHP研究所〈PHP〉、2020年3月31日、33頁)
- ^ 天皇は奇跡的存在、世界の主要国でエンペラーは1人だけ(News ポストセブン、2019年10月20日)
- ^ a b 水間 2019, pp. 22–26
- ^ a b 「第一章 天皇家長期存続の謎 1 『万世一系』とは何を語るのか」(ベン 2003, pp. 22–36)
- ^ なぜ「万世一系」が可能だった 『世界が憧れる天皇のいる日本』黄文雄著(産経ニュース、2014年)
- ^ ロドリゴ・デ・ビベロ『ドン・ロドリゴ日本見聞録』
- ^ (神社新報社『皇室典範改正問題と神道人の課題』神社新報社、令和元(2019)年10月7日、53‐59頁)
- ^ (神社新報社『皇室典範改正問題と神道人の課題』神社新報社、令和元(2019)年10月7日、55‐56頁)
- ^ 高尾栄一 2019, p. 221.
- ^ 高尾栄一 2019, p. 218.
- ^ 高尾栄一 2019, p. 232.
- ^ 高尾栄一 2019, p. 224‐225.
- ^ 高尾栄一 2019, p. 226‐227.
- ^ 高尾栄一 2019, p. 228‐229.
- ^ 2021年(令和3年)10月26日の眞子内親王皇籍離脱以降から現在の内親王・女王一覧
- ^ “皇室の構成図 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
- ^ 天皇及び親王からの続柄
- ^ 直系尊属の天皇から数えた数
- ^ 皇室典範(昭和二十二年法律第三号)「第十二条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。」
- ^ 2021年(令和3年)10月26日の眞子内親王(小室眞子)皇籍離脱以降から現在の元内親王・元女王一覧
- ^ ご結婚により,皇族の身分を離れられた内親王及び女王 – 宮内庁
- ^ 記紀による
- ^ a b 原 2017 p.67
- ^ 水間 2019, pp. 58–64
- ^ “天皇陛下お誕生日に際し(平成17年)”. 宮内庁. 2013年10月20日閲覧。
- ^ “皇后陛下お誕生日に際し(平成18年)”. 宮内庁. 2013年10月20日閲覧。
- ^ 自身が会長を務める福祉団体「柏朋会」の会報『ざ・とど』2005年(平成17年)9月30日号の「とどのおしゃべり」というコラム。同誌は会員向けの非売品であるが、『WiLL』2006年1月号がこのエッセイの全文を転載している。
- ^ 同年11月3日讀賣新聞
- ^ a b 「日本会議」(会長・三好達元最高裁長官)の機関誌『日本の息吹』2006年2月号に掲載された「皇室典範問題は歴史の一大事である―女系天皇導入を憂慮する私の真意」と題するインタビュー
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