吉川経義 吉川経義の概要

吉川経義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/18 09:38 UTC 版)

 
吉川経義
時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 天承2年/長承元年(1132年
死没 建久4年5月28日1193年6月28日
改名 入江経義(初名)→吉川経義
別名 三郎(通称)[1]、吉河経義、吉香経義
戒名 安養本無(法名)
墓所 静岡県静岡市清水区吉川の吉川氏墳墓
官位 従四位下左衛門尉
幕府 鎌倉幕府
主君 源頼朝
氏族 入江氏吉川氏
父母 父:入江景義[2]
正室:佐竹昌義の娘
友兼[1][2]
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生涯

寿永2年(1183年)に源頼朝から駿河国吉河荘(現在の静岡市清水区)を得た際に吉川氏(吉河・吉香)を名乗るようになる。この地に館を築き、吉川氏の本拠とした。

建久4年(1193年)5月28日に死去[1]。子の友兼が跡を継いだ。

昭和18年(1943年)に経義没後750年を記念して、子孫である子爵吉川元光によって合葬されたが、吉川氏のものと伝わる墳墓が現在も残っている。

系譜

脚注

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出典

参考文献

関連項目

  • 吉香公園 - 経義が祀られていた高秀社が統合された吉香神社の区域にある公園。



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