南硫黄島原生自然環境保全地域
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/12 14:53 UTC 版)
南硫黄島の位置
南硫黄島は東京都区部から南南東約1,300キロの、北緯24度13.7分、東経141度27.7分に位置している。緯度的には台湾の中部にあたり、北回帰線のすぐ北側にある。南硫黄島の北約60キロには、同じ火山列島に属する硫黄島があり、小笠原諸島の父島からは330キロ離れている。また、南東約540キロ先にはマリアナ諸島の北端にあるファラリョン・デ・パハロス島(ウラカス島)がある[3]。
南硫黄島の地形と形成史
南硫黄島は、ほぼ南北方向に延びる、全長約1,200キロ、幅約400キロの島弧である伊豆小笠原弧の最南部に位置している。伊豆諸島や火山列島を構成する島々は、伊豆小笠原弧の火山フロントである七島-硫黄島海嶺に属し、258万8000年前以降の第四紀に活動している火山であるが、南硫黄島もやはり第四紀に火山活動によって形成された火山島である。南硫黄島がいつごろ島として誕生したのかについてははっきりしていないが、採集された岩石の分析から地磁気の逆転が見られないため、数十万年より新しいと考えられている[4]。
日本列島のように、かつて大陸と地続きであったが切り離された島を大陸島と呼ぶ。一方、海洋底から火山活動によって誕生し、これまで大陸と一度も地続きとなったことがない島を海洋島ないし大洋島と呼ぶ。伊豆小笠原弧の火山フロントである七島-硫黄島海嶺に属する南硫黄島は、典型的な大洋島である[5]。
島の面積は3.67km2で、周囲は約7.5キロであるが、伊豆諸島と小笠原諸島の中で最高峰である916メートルの山がそびえ、島の海岸線は湾や入江などの出入りがほとんど見られず、大小の岩に覆われた5メートルから50メートルの幅の浜辺があり、砂浜はほとんど見られない。そして浜辺の背後には数十メートルから200メートルの海食崖が発達している。山体は平均斜度45度に達する急斜面で、侵食が進んでおらず火山体の原型を比較的よく留めている北西部がもっとも傾斜が緩やかであるが、その部分でも斜度30度に達する。また南硫黄島の地形の特徴としては、川や湖沼などの淡水系がまったく見られないことも挙げられる[6][7]。
南硫黄島を構成する岩石は玄武岩であり、体積比では溶岩流とアグルチネートが島のほとんどを占める。島の急斜面が保たれているのはこのアグルチネートによるもので、強く溶結されている[8]。山頂部には直径約150メートル、深さ30 - 40メートルの東側に開析された火口がある。火口の東側は崩落しており、噴火の記録はなく、現在噴気活動も認められない。山体全体も東斜面が西斜面よりも侵食が進んでいる。海食崖には確認されているだけで254本の岩脈が貫入している。その大部分は放射状岩脈で斑状組織を有しており、斑晶は斜長石、単斜輝石、かんらん石を含む。大型斑晶に富む岩石が多く、斑晶鉱物は最大で直径1mm近くに達する[9]。
島の周囲の海域ではサンゴ礁の発達は悪く、海岸線に外洋の波浪が直接打ちつけるようになっている。南硫黄島周囲は水深40 - 50メートル付近までは緩やかな傾斜であるが、それ以深では急速に深度を増す。そして南硫黄島の北東約5キロには、しばしば活発な火山活動が観測されている海底火山である福徳岡ノ場が[10][11]、また北北西約20キロには北福徳碓がある。
南硫黄島の誕生は数十万年前と考えられる。まず溶岩の流出を繰り返しながら小型の火山体が成長していった。短い噴火の休止期に続いて再び溶岩の流出などの火山活動が続き、今の南硫黄島山頂よりも少し東側に火山体が成長していった。その後、現在の山頂部からの噴火が始まり、現在の南硫黄島が形成された。その後、火山活動は南硫黄島の北東約5キロの福徳岡の場に移り、活動が休止した南硫黄島では侵食活動によって現在の形となったと考えられる[注釈 1][12]
雲霧帯の形成
難破船の乗組員以外、これまで人が定住することがなかった南硫黄島では気象観測が継続的に行われたことがない。南硫黄島にもっとも近接する硫黄島の気象データなどからは、南硫黄島では山頂部まで熱帯・亜熱帯常緑広葉樹林が成立すると考えられるが、実際には標高約500メートル以上の島の上部では日常的な雲霧の発生に伴い雲霧帯が形成され、木の幹に多くの種子植物、シダ植物、コケ植物の着生が見られる雲霧林の形成が見られる。南硫黄島以外の小笠原諸島では、雲霧帯は標高が高い北硫黄島や母島の山頂部に見ることができる。南硫黄島の雲霧林には多くの希少植物が生育しており、これまで人の手が加わっていない熱帯・亜熱帯の雲霧林の状況を知ることができる[13][14][15]。
注釈
- ^ 南硫黄島の形成史は調査が進んでいないこともあって、年代等まだはっきりしたことがわかっていない。ここでは中野(2008) において「大局的な火山体構造の区分としては誤っていない」と評価された福山博之「南硫黄島及びその周辺の地質と地形」(環境庁自然保護局編『南硫黄島の自然』、1983)の記述に従う。
- ^ 1983年発行の「南硫黄島の自然」では、エダウチムニンヘゴ、ナガバコウラボシ、ウミノサチスゲ、ナンカイシュスランの4種が南硫黄島固有種としているが、2008年の「南硫黄島自然環境調査報告書」では南硫黄島の固有種についての説明はなく、ナガバコウラボシ、ホソバチケシダ、オオトキイヌビワ、ムニンカラスウリ、ムニンホオズキ、ナンカイシダの6種が日本全国の個体数の5割を越えるとの説明がなされている。ここでは直近の南硫黄島自然環境報告書の記述に従う。
- ^ オガサワラオオコウモリの現在の生息地域については、母島と硫黄島では確認されていないとの資料もあるが、中央環境審議会野生生物部会 (2009) に基づき、母島、硫黄島でも生息しているとの記述とした。
- ^ 千葉(2008) は、南硫黄島と比較的似通った環境下にある北硫黄島の陸産貝類相が貧弱なのは、明治時代以降に行われた開墾の影響によって北硫黄島の陸産貝類が打撃を受けた可能性を指摘している。
- ^ 橋本(2009) によれば、面積 10 ha 以上の小笠原諸島内のこれまで調査が行われた島の中でクマネズミの侵入がなかったことが確認されているのは南硫黄島のみで、北之島、西之島は不明としている。ここでは環境庁 (2010) の記述に従い、南硫黄島、北之島、西之島にはネズミ類の生息が見られないという記述とする。
出典
- ^ a b c “南硫黄島原生自然環境保全地域” (pdf). 自然環境保全地域 各指定地域の特徴. 環境省. 2013年9月25日閲覧。
- ^ “原生自然環境保全地域” (pdf). 自然環境保全地域各種データ. 環境省. 2013年9月25日閲覧。
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.9、加藤ほか (2008) pp.1-2
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- ^ 清水(2010), p. 20-21.
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.10-11、加藤ほか (2008) p.2
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- ^ 福山 博之「火山列島, 南硫黄火山の地質」『地学雑誌』第92巻、1983年、55-67頁、doi:10.5026/jgeography.92.55、2018年9月15日閲覧。
- ^ 中野(2008).
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.38-40
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- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.213-215、pp.143-144。
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- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.14-15、加藤ほか (2008) pp.2-3
- ^ 小田(1992), p. 94.
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.17
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.63
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.64-65
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.17-21
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.17-21、p.65
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) 刊行によせて、pp.1-2
- ^ 東京都環境局 (2007a) 、加藤ほか (2008) pp.3-22
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- ^ NHKドキュメンタリー - NHKスペシャル 秘島探検 東京ロストワールド 第1集「南硫黄島」
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- ^ 加藤 (2011)
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- ^ アカアシカツオドリの集団繁殖を初確認 南硫黄島 - 日本経済新聞
- ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.287-301
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- ^ 東京都南硫黄島で発見されたアリが新種として確定 Archived 2016年3月5日, at the Wayback Machine.
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- ^ 朱宮ほか(2008), p. 69.
- ^ 環境省 (2010) p.125
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