南硫黄島原生自然環境保全地域 哺乳類

南硫黄島原生自然環境保全地域

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/12 14:53 UTC 版)

哺乳類

南硫黄島で生息が確認されている哺乳類は、オガサワラオオコウモリのみである。ほかに小型の翼手類やネズミ類の存在も想定されたが、1982年、2007年の調査ではオガサワラオオコウモリ以外の哺乳類の生息は確認されなかった[37]

南硫黄島のオガサワラオオコウモリ

オガサワラオオコウモリは父島列島母島列島火山列島に生息する、翼を広げると約1メートルになる大型の翼手類で、かつては父島や母島で多数のオガサワラオオコウモリが生息していたが、戦後のアメリカ統治時代に食用としてグアム島に売られたり、農作物に被害を与えるために駆除されてしまったりしたため数が激減し、天然記念物と種の保存法により国内希少野生動植物種に指定されている。現在の生息数は南硫黄島以外では父島に100 - 160頭、北硫黄島に数十頭、母島、硫黄島に少数の生息が確認されている[注釈 3][38][39]

南硫黄島では戦前にオガサワラオオコウモリの生息が確認されていたが、1982年の調査によって約100頭から数百頭の生息が推定され、ほかの島に生息する個体よりも全体の色彩が明るいこと、そして昼間に活動するという特徴が報告された。また南硫黄島のオガサワラオオコウモリはおもにタコノキやコブガシの果実を食用としていることが確認されたが、アナドリの頭部を食べている場面も目撃されており、状況によっては肉食も行っている可能性が指摘された[40]

2007年の調査時も100 - 300頭程度のオガサワラオオコウモリの生息が確認された。1982年の調査時と同じく昼間の活動が確認されたが、昼間の活動は食物探索の合間に休息をしている可能性があり、また夜間も活動していることが確認された。これまでオガサワラオオコウモリの生態について調査が行われた父島、母島、北硫黄島ではいずれも昼間の活動は確認されず、夜間の活動のみであった。南硫黄島のみ昼間にオガサワラオオコウモリの活動が行われる理由としては、猛禽類が生息しておらず昼間に活動しても捕食される恐れがないことと、慢性的な食物不足のために昼間も食物探索に当てねばならないなどの理由が考えられる[41]

1982年の調査時にも指摘された、ほかの生息地域の個体よりも色が明るいという特徴は2007年の調査時も確認された。2007年に捕獲された個体を観察した結果、体毛の生え際はほかの地域の個体の色と変わらないと見られるため、南硫黄島のオガサワラオオコウモリの特徴である昼間の活動や、急峻な地形のため日光を遮るものが少ないために紫外線などにより後天的に色が変化した可能性が高いとされた[41]

2007年の調査時、オガサワラオオコウモリはタコノキの実のほかにシマオオタニワタリとナンバンカラムシの葉を食用としていたことが確認された。これは2007年の調査直前に台風が南硫黄島付近を通過しており、その影響で著しい食物不足に陥っていた可能性があり、シマオオタニワタリとナンバンカラムシの葉は緊急的に利用していた可能性もある。また2007年の調査時に捕獲されたオガサワラオオコウモリすべてに著しい歯の磨耗が確認され、顎の噛む力も強かった。歯の著しい磨耗が台風通過直後の食糧不足に伴う一時的なものか、慢性的な食糧不足による持続的なものであるかは現在のところ不明である[41]

ネズミ類の不在

小笠原諸島の島々では、外来種としてクマネズミなどのネズミ類が進入し、生態系に悪影響を与えている。たとえば北硫黄島で戦前繁殖が確認されていたオーストンウミツバメクロウミツバメセグロミズナギドリは、クマネズミの影響で北硫黄島では繁殖が行われなくなったものと推定されており、父島列島、母島列島、聟島列島にはほとんどの島にクマネズミが侵入し、植生や鳥類、陸産貝類などに被害を与えていることが明らかになっている。南硫黄島はこれまで人間が生態系に与えた影響がきわめて小さかったと考えられているが、船の難破や開墾の試みなど人間との関わりが皆無であったわけではない。また、ネズミ類は短距離ならば海を泳いで分布を広げるとの報告もある。そのため、1982年、2007年の学術調査の際にネズミ類の生息の有無の調査が行われた[42][43]

1982年の調査時は、島内に設置した罠にまったく捕獲されず、また島の南岸にあった難破船の生米がまったくネズミ類の食害に遭っていなかったことが確認されたため、ネズミ類は生息していないものと判断された。2007年の調査時も罠の設置や食痕の調査を通じてネズミ類の存在について確認されたが、やはり生息していないものと考えられた。この結果は南硫黄島が人間からの影響がこれまできわめて小さかったことを物語っている[42]


注釈

  1. ^ 南硫黄島の形成史は調査が進んでいないこともあって、年代等まだはっきりしたことがわかっていない。ここでは中野(2008) において「大局的な火山体構造の区分としては誤っていない」と評価された福山博之「南硫黄島及びその周辺の地質と地形」(環境庁自然保護局編『南硫黄島の自然』、1983)の記述に従う。
  2. ^ 1983年発行の「南硫黄島の自然」では、エダウチムニンヘゴ、ナガバコウラボシ、ウミノサチスゲ、ナンカイシュスランの4種が南硫黄島固有種としているが、2008年の「南硫黄島自然環境調査報告書」では南硫黄島の固有種についての説明はなく、ナガバコウラボシ、ホソバチケシダ、オオトキイヌビワ、ムニンカラスウリ、ムニンホオズキ、ナンカイシダの6種が日本全国の個体数の5割を越えるとの説明がなされている。ここでは直近の南硫黄島自然環境報告書の記述に従う。
  3. ^ オガサワラオオコウモリの現在の生息地域については、母島と硫黄島では確認されていないとの資料もあるが、中央環境審議会野生生物部会 (2009) に基づき、母島、硫黄島でも生息しているとの記述とした。
  4. ^ 千葉(2008) は、南硫黄島と比較的似通った環境下にある北硫黄島の陸産貝類相が貧弱なのは、明治時代以降に行われた開墾の影響によって北硫黄島の陸産貝類が打撃を受けた可能性を指摘している。
  5. ^ 橋本(2009) によれば、面積 10 ha 以上の小笠原諸島内のこれまで調査が行われた島の中でクマネズミの侵入がなかったことが確認されているのは南硫黄島のみで、北之島、西之島は不明としている。ここでは環境庁 (2010) の記述に従い、南硫黄島、北之島、西之島にはネズミ類の生息が見られないという記述とする。

出典

  1. ^ a b c 南硫黄島原生自然環境保全地域” (pdf). 自然環境保全地域 各指定地域の特徴. 環境省. 2013年9月25日閲覧。
  2. ^ 原生自然環境保全地域” (pdf). 自然環境保全地域各種データ. 環境省. 2013年9月25日閲覧。
  3. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.9、加藤ほか (2008) pp.1-2
  4. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.23、藤岡、有馬、平田 (2008) p.10、pp.15-23
  5. ^ 清水(2010), p. 20-21.
  6. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.10-11、加藤ほか (2008) p.2
  7. ^ 中野(2008), p. 31-34.
  8. ^ 福山 博之「火山列島, 南硫黄火山の地質」『地学雑誌』第92巻、1983年、55-67頁、doi:10.5026/jgeography.92.552018年9月15日閲覧 
  9. ^ 中野(2008).
  10. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.38-40
  11. ^ 佐々木・堀越(2008), p. 155.
  12. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.31-42
  13. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.213-215、pp.143-144。
  14. ^ 清水(2010), p. 88-89.
  15. ^ a b 朱宮ほか(2008), p. 63-69.
  16. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.14
  17. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.14-15、加藤ほか (2008) pp.2-3
  18. ^ 小田(1992), p. 94.
  19. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.17
  20. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.63
  21. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.64-65
  22. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.17-21
  23. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.17-21、p.65
  24. ^ 環境庁自然保護局 (1983) 刊行によせて、pp.1-2
  25. ^ 東京都環境局 (2007a) 、加藤ほか (2008) pp.3-22
  26. ^ a b c 東京都「世界自然遺産の小笠原諸島南硫黄島(みなみいおうとう)で10年ぶりの自然環境調査の結果について」2017年2017年9月16日閲覧
  27. ^ NHKドキュメンタリー - NHKスペシャル 秘島探検 東京ロストワールド 第1集「南硫黄島」
  28. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.23、川上、鈴木、千葉、堀越 (2008) p.120
  29. ^ 東京都「世界自然遺産の小笠原諸島南硫黄島(みなみいおうとう)で10年ぶりの自然環境調査の結果について」2017年2017年9月16日閲覧(千葉(2008), p. 153)(藤田ほか(2008b), p. 49-53)
  30. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.63-65
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  33. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.151-180
  34. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.91-105、pp.151-180
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  38. ^ 中央環境審議会野生生物部会 (2009)
  39. ^ 清水(2010), p. 104-105.
  40. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.225-237
  41. ^ a b c 鈴木.川上.藤田(2008), p. 89-85.
  42. ^ a b 環境庁自然保護局 (1983) pp.226-228、川上、鈴木 (2008) pp.105-107
  43. ^ 橋本(2009).
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  45. ^ a b 川上、鈴木、千葉、堀越 (2008) pp.111-120
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  47. ^ 川上、鈴木、千葉、堀越 (2008) pp.111-120、環境省 (2010) p.59
  48. ^ 加藤 (2011)
  49. ^ 環境庁自然保護局 (1983) p.248、川上、鈴木、千葉、堀越 (2008) pp.111-120
  50. ^ アカアシカツオドリの集団繁殖を初確認 南硫黄島 - 日本経済新聞
  51. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.287-301
  52. ^ a b 堀越(2008), p. 129-134.
  53. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.287-301、環境省 (2010) p.61
  54. ^ 清水(2010), p. 113.
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  57. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.303-327
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  59. ^ 東京都南硫黄島で発見されたアリが新種として確定 Archived 2016年3月5日, at the Wayback Machine.
  60. ^ 東京都環境局 (2007b) 、苅部・松本 (2008) pp.135-142
  61. ^ a b c 千葉(2008), p. 145-153.
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  66. ^ 環境省 (2010)
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  68. ^ 環境庁自然保護局 (1983) pp.393-400
  69. ^ 朱宮ほか(2008), p. 69.
  70. ^ 環境省 (2010) p.125






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