人名用漢字
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導入の背景
第二次世界大戦後の一時期、従来の複雑な日本語表記法の弊害を指摘し、漢字学習の負担を軽減するため漢字使用を極力制限、もしくは廃止するなど、日本語を単純化しようとする動きが起こった。当時の国語審議会委員にもこれら日本語改革論者の多数が就任し、当用漢字制定など戦後の国語政策に与えた影響は大きかった。
こうした動きを背景として「人名用漢字」は国語政策の一環として国語審議会で審議され、1951年5月の「人名漢字に関する建議」を受けて内閣告示されたものである。そしてその根拠となった理念は
「子の名にはできるだけ常用平易な文字を用いることが理想である。その意味から子の名に用いる漢字は当用漢字によることが望ましい」 — 国語審議会 人名漢字に関する建議 昭和26年5月14日
また
「国民の読み書き能力を向上させ,教育を高めるためには,国語表記法の改善が必要である。その具体的方法として,漢字整理と使用調整とが必要であることも,また動かしがたい方向である。(中略)国語審議会は人名の表記についても,これを念頭において考えるべきであると信ずるものである。(中略)いったい子の名というものは,常用平易な文字を選んでつけることが,その子の将来のためであるということは,社会通念として常識的に了解されることであろう。当用漢字の基準に従うことが,その子の幸福であることを知らなければならない。」 — 同・国語審議会 人名漢字に関する声明書 昭和26年5月14日
というものであった。
根拠法
子の名に用いる漢字及びその扱いは,1948年1月1日の戸籍法改正、及びそれを受けた戸籍法施行規則で規定されている。日本の戸籍に子の名として記載できる文字は、原則として常用漢字と人名用漢字、片仮名及び平仮名(変体仮名を除く)、長音符、踊り字(「々」など)のみである(戸籍法施行規則)。
根拠条文は、以下のとおりである。
戸籍法第50条(子の名に用いる文字)
- 第1項 子の名には常用平易な文字を用いなければならない。
- 第2項 常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。
戸籍法施行規則 第60条(常用平易な文字の範囲)
戸籍法第50条第2項の常用平易な文字は,次に掲げるものとする。
- 一 昭和21年内閣告示第32号当用漢字表に掲げる漢字
- 二 昭和26年内閣告示第1号人名用漢字別表に掲げる漢字(92字)
- 三 昭和51年内閣告示第1号人名用漢字追加表に掲げる漢字(28字)
- 四 片かな又は平かな(変体がなを除く。)
人名用漢字の変遷
1946年11月16日に、内閣によって告示された当用漢字には、人名に頻繁に用いられる漢字の一部が含まれていなかった。1948年1月1日の戸籍法改正により、当用漢字の範囲に含まれない漢字は新生児の名に用いることができないとされたものの、1951年5月25日、内閣は92字を人名用漢字として新たに指定(人名用漢字別表)。子供の名前に使用したい漢字が使用できないことから親が裁判を行って使用が認められた字(1997年の「琉」、2004年の「曽」など)を人名用漢字に追加していった。また、親が子につける名前の多様化が進んだ結果、人名用漢字別表は次第に数を増やし、2004年7月12日時点で290の漢字が人名に用いることができるようになった。それでも「苺(いちご)」や「雫(しずく)」といった漢字が使えないなど、命名に対する不満の声があった。こうした声を受けて、同年9月27日には488字の大幅な追加がなされた。
2004年9月27日の追加では、沼尻・田尻・野尻などの名字で使われている「尻」や飛驒の「驒」、荏原の「荏」、さらに「焔・錨・鮪・燐・仍[注釈 1]・崔・悧・懍・檸[注釈 2]・檬[注釈 2]・欅・浚・煕[注釈 3]・瞑・碼・茗[注釈 4]・萃・藺・逍・釐・霖・璋・鰹・鮭・葱・韮・蒜・體・絲・號・黴・莱(旧字体の萊は人名漢字)[1]」などの追加を望む声もあったが追加には至らなかった。
外国人が日本国籍を取得する場合の姓にもこの文字の制限が適用されていたが、2008年12月8日の国籍法改正(2009年1月1日施行)に呼応した民事局長通達[2]によりこの制限は緩和され、「康熙字典の正字」や「国字」も状況次第で使用可能となった。2008年12月31日以前は、「田尻」「小澤」「藪」や「崔・姜・趙・尹」といった、常用漢字や人名用漢字にない漢字を含む苗字にすることはできなかったが、現在はこの制限はなくなっている[注釈 5]。なお、この漢字制限が明確に完全撤廃されたのは、2012年7月9日施行の新しい在留管理制度[3]開始からである[4]。
京都大学の安岡孝一は1976年に追加された「沙」の字(現在は常用漢字)が歌手の南沙織の影響を受けていると考えられることを例に、有名人の名前に使われた漢字が人名用漢字の拡大に寄与しているようだと述べた[5][6]。
2004年9月の人名用漢字追加
2004年6月11日、人名用漢字を一度に578字増やす見直し案が公表された。法相の諮問機関「法制審議会」の人名用漢字部会がまとめたもの。親から要望の強かった「雫・苺・遙・煌・牙」などが使用可能になるが、案は漢字の意味が「人名にふさわしいかどうか」の基準で判断せず、漢字の「使用頻度」や「平易さ」のみで選んだため、「糞・呪・屍・癌」など、ネガティブな意味を持つ漢字も多数含まれてしまった。同部会は、見直し案に対する意見を7月9日まで法務省のホームページなどで募集した。
同23日、審議会は先に募集した意見の中で反対の多かった、「糞・屍・呪・癌・姦・淫・怨・痔・妾」の9字を追加案から削除することを決めた[注釈 6]。また、削除の要望のあった漢字489字のうち480字についても、さらに検討し削除するかを判断することとした。逆に追加するよう要望のあった「掬」を新たに加えることも決定した。
8月13日、審議会は7月23日に削除を決めた9字のほかに、「蔑・膿・腫・娼・尻・嘘」など79字を削除し、これを最終案として9月8日に法務大臣へ答申した。また、7月12日に訴訟の起こされていた3字が一足先に追加されたため、最終的に追加される漢字は488字となった。法務省はこの答申を受けて9月27日に法務省令(戸籍法施行規則)を改正した。これまで人名用漢字の許容字体とされていた異体字205字(「龍・彌」など)も人名用漢字となり、許容字体表は廃止された。この時点で人名用漢字の総数は983字となった。
なお、2010年11月30日の常用漢字改定で「呪」「淫」「怨」「蔑」「腫」「尻」については常用漢字に追加されたため、同時に人名にも使用可能になった。
沿革
- 1951年5月25日、92字を人名用漢字として新たに指定
- 1976年7月30日、28字を追加し、120字となる
- 1981年10月1日、常用漢字に取り入れられた8字を削除し、54字を追加して166字となる
- 1990年4月1日、118字を追加し284字となる
- 1997年12月3日、1字「琉」を追加し、285字となる。
- 2004年2月23日、1字「曽」を追加し、286字となる
- 同6月7日、1字「獅」を追加し、287字となる
- 同7月12日、3字「毘・瀧[注釈 7]・駕」を追加し、290字となる
- 同9月27日、許容字体からの205字と追加された488字を加え、全部で983字となる
- 2009年4月30日、2字「祷・穹」を追加し、985字となる
- 2010年11月30日、常用漢字の改正に伴って、常用漢字表に追加された129字を削除(うち3字の異体字が表二へ移動)、常用漢字表から削除された5字[注釈 8]を追加し、合計861字となる
- 2015年1月7日、「巫」を追加し、合計862字となる[7]
- 2017年9月25日、「渾」を追加し、合計863字となる[8]
注釈
- ^ 代表例に音楽ユニット『INFIX』(現infix)のボーカル担当・長友仍世(ながとも じょうせい)がある。
- ^ a b 少年漫画作品『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公・「両津勘吉」の親戚(はとこ)に「擬宝珠檸檬(ぎぼし れもん)」という名前の小学生キャラが登場している。
- ^ 異体字「熙」が人名漢字に指定する前はこの字が親字の扱いとなっていた。
- ^ 一部少女漫画作品では、下の名前が “茗子(めいこ)” のサブヒロインキャラが登場した例がある。(※「ママレード・ボーイ」の項参照)
- ^ 但し、姓名に関わらず印刷・機種・書体等による都合上、使用・表示・表記が制限される漢字が相当数存在する(※新規に登録された新人名許容漢字(親字・異体字)含む)。
- ^ ただし、後の2010年の常用漢字改正では、追加される字にここで名前には不適切とされた「呪・怨」など34字が含まれており、名付けに使える字として復活した。
- ^ 主にアメリカで活動するタレント・神田瀧夢の「瀧」は「滝」の旧字体である。
- ^ 「勺」「錘」「銑」「脹」「匁」。
- ^ (例)永久恋愛(えくれあ)ちゃん、光宙(ぴかちゅう)くんなど。俗にいうキラキラネーム(DQNネーム)。
- ^ いわゆる「消えた年金問題」を引き起こした国民年金加入者のデータ入力ミスの原因のひとつに名前の読みから漢字に直接変換できなかったこともあげられる。その上、問題解決の際に漢字から読みへの変換を行ったとき、日本語をよく知らない外国人に作業を行わせ、正しい読みにすらできないケースが発生して問題をさらに大きくさせた事象もある。[要出典]
- ^ 韓国内外で活躍するスポーツ選手(プロゴルファーの朴セリなど)や制作スタッフなどでも複数名存在する。
出典
- ^ Sanseido Word-Wise Web 三省堂辞書サイト 人名用漢字の新字旧字:「莱」と「萊」 2009年7月2日
- ^ 民一第3302号民事局長通達 第1-2-(3)参照
- ^ 新しい在留管理制度 法務省 入国管理局
- ^ 「鬼怒鳴門」で注目・帰化する際の日本名はどこまでOK? 「NEWSポストセブン」の2012年3月24日の記事でこの漢字制限に言及。
- ^ 安岡孝一 (2012年1月13日). “南沙織と人名用漢字”. スラド. 2021年1月9日閲覧。
- ^ 中川淳一 (2012年1月10日). “三原「修→脩」 名監督の改名は筋書きのないドラマ”. NIKKEI STYLE. ライフコラム ことばオンライン. 日本経済新聞社, 日経BP. p. 3. 2020年10月22日閲覧。
- ^ “「巫」、きょうから人名用漢字に 09年以来の追加”. 朝日新聞. (2015年1月7日). オリジナルの2015年1月7日時点におけるアーカイブ。
- ^ “人名用漢字に「渾」追加 司法判断を受け法務省 改正戸籍法施行規則を施行、計863字に”. 日本経済新聞. (2017年9月25日)
- ^ “ABlog 入籍しました”. abworks.blog83.fc2.com. 安倍吉俊. 2023年9月27日閲覧。
- ^ “安倍総裁「キラキラネーム、いじめられる」 北海道新聞「いじめ、いさめるのが教育」”. J-CASTニュース. (2012年11月23日)
- ^ “「高嶋てつわんあとむ」は何者か 茨城県の町長選挙に出馬し話題”. ライブドアニュース. 2019年11月19日閲覧。
- ^ Tomita, Sumireko. “「キラキラネームの十字架」を背負った高校生。彼の決意と改名までの道” (英語). BuzzFeed. 2020年5月29日閲覧。
- ^ “韓国で子供に名前を付ける際の注意点とは?”. 朝鮮日報日本語版. (2007年3月5日). オリジナルの2008年5月5日時点におけるアーカイブ。
- ^ “2019年全国姓名报告出炉:“张伟”重名最多”. 人民網 江蘇 (2020年1月21日). 2020年1月21日閲覧。
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