ラベンダー EUのREACH規則

ラベンダー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/13 18:50 UTC 版)

EUのREACH規則

欧州連合(EU)では、欧州における新しい化学品規制REACH(REACH規則、REACH法:Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals)が、2008年から運用されている[46][47]。この規則では、EUで物質(調剤中の物質も該当)を年間1トン以上製造又は輸入する事業者に対し、登録手続が義務付けられている[46]。登録の他にも、条件に該当する場合は、認可、制限、届出などの義務がある[46]。対象には精油などの天然香料も含まれ、香料業界・生産農家・化粧品業界・アロマセラピー業界などで議論を巻き起こしている[48]

ラベンダーの精油はアレルギーを引き起こす可能性があるとして、REACHの対象となっており、将来的に「内服または吸入した場合、死亡する可能性がある。」という赤と黒の警告ラベルが義務付けられる可能性がある[49]。精油は合成香料などと違い、生産地、生産年などでも成分組成が異なるため、その都度の検査が必要となり、流通も規制されるため、ラベンダー農家や精油業者とって大きな負担となる[50]。ラベンダー農家の多くは、天然物質である精油をReachの対象とすることに対し、「ラベンダーは化学製品ではない。Reachの適用反対」などのメッセージ看板を畑に掲げるなどして、反対の立場を表明している[49][48]

芳香成分

L. angustifolia(コモン・ラベンダー)の精油

リナロール、酢酸リナリルを主要成分とする[51]

他多数の成分からなる。

L. latifolia(スパイク・ラベンダー)の精油

リナロール、1,8-シネオール(ユーカリプトール)、カンファー(樟脳)を主要成分とする。他多数の成分からなる。

日本人とラベンダー

宇田川榕庵『舎密開宗』、蒸留装置
ラベンダー発祥の地。札幌市南区南沢

ヨーロッパでは伝統的に精油が医療に利用されていたため、西洋医学蘭方)が日本に伝わると、日本の医師や学者は西洋の薬用植物や精油、精油の蒸留法、利用法に興味を持ち、情報を集めて医療に利用した。ラベンダーは文政期に、宇田川玄真(榛斎)訳述・宇田川榕庵補校による西洋薬物書『遠西医方名物考』(1822年)及び補遺(1934年頃)に「ラーヘンデル」「ラーヘンデル油」の名で詳しい説明があり、以降江戸後期の翻訳書・蘭学書にもラベンダーや精油についての記述がある[3]フランス語lavande は、蘭学者の翻訳によりオランダ語lavendel (ラーヘンデル)として紹介された。翻訳作業を通して蘭方薬(西洋薬)に使う生きた植物を輸入しようという機運が高まった。遠藤正治によると、大槻玄沢と宇田川玄真が幕府に申請したオランダからの輸入のリストにはラベンダーも含まれていたという[3]。1819年には花と精油が輸入され、万延元年(1860年)に遣米使節団によってもたらされた植物の種子には、ラベンダーの種子が含まれていた[3]。日本の香り文化を研究する吉武利文は、本草学者山本榕室に送られた種子の記録や、旗本で本草家の馬場資生圃(1785年 - 1868年)のラベンダーの絵などから、幕末期には一部ではあるが、精油が輸入され、栽培も行われていたと考えられる、と述べている[3]

ラベンダーの本格的な栽培・精油の蒸留は、1937年(昭和12年)に曽田香料株式会社の創業者・曽田政治が、フランスのアントワン・ヴィアル社からラバンデュラ・オフィキナリス(Lavandu la officinalis)の種子を入手したことに始まり、1942年(昭和17年)には日本最初のラベンダー油が採取されたといわれてきた[52]。しかし吉武利文は、株式会社永廣堂の沿革には、1935年に伊豆(富戸)でラベンダー油・ゼラニューム油(ゼラニウム油)の栽培・採油を開始したとあり、それ裏付ける1939年の資料もあるため、北海道より伊豆の方が少し早かった可能性もあると指摘している。戦時体制下であった当時、伊豆では国産香料の生産が目指され、クロモジやゼラニウムの蒸留の他に、ラベンダーも試験的に栽培・蒸留が行われていたが、第二次世界大戦が始まると食料増産のためラベンダーの生産はできなくなった。戦後は、伊豆では一部に残るのみとなった。曽田香料は戦中ラベンダーの原種苗を保存し、終戦後は契約による委託栽培を募り、富良野地方などでラベンダーの栽培・蒸留が広く行われた。しかし、1972年(昭和47年)頃から合成香料技術の進歩と輸入自由化の影響を受けて衰退した[52][53]

1960年代までは、ヨーロッパを旅する機会のない日本の一般大衆は、ラベンダーをほとんど知らなかった[要出典]。フランスではラベンダーの香り袋やラベンダー油を用いた製品がよく見られるため、フランスを旅したり滞在したことのある日本人は知る機会があった。日本が経済的に豊かになるにつれ海外旅行をする人が増え、ヨーロッパでラベンダー関連製品の香りを自身で体験し、興味を持つ人が増えた。

1975年に国鉄のカレンダーで北海道富良野のラベンダー畑が紹介され問い合わせが殺到し、観光資源として栽培されるようになった[52]。人気テレビドラマ『北の国から』(1981年 - 1982年)でもラベンダー畑が登場して話題となった。富良野のラベンダー畑は、夏の北海道旅行で立ち寄る場所の一種の「定番」となり、多くの日本人がラベンダーに親しむようになった。

筒井康隆の小説『時をかける少女』(1967年)やその映像化作品であるテレビドラマ『タイム・トラベラー』(1972年)、および原田知世主演・大林宣彦監督の映画『時をかける少女』(1983年)に、物語の鍵としてラベンダーの香りが登場した。それらの作品(特に1983年の映画)に接した人は、その名前と香りの特徴を知った[54]


注釈

  1. ^ 「節」は「属」の下位分類。
  2. ^ フランス語ではauは「オ」と発音する。この地名では「l」「t」は読まない。
  3. ^ チンキには水溶性・脂溶性成分が、ティーには水溶性成分が含まれる。精油に水溶性成分は含まれない。
  4. ^ 内臓平滑筋の収縮・痙攣をゆるめて、内臓痛を和らげる作用。
  5. ^ 生体をある抗原に対して感じやすくし、アレルギーが起こりやすい状態にすること。

出典

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