たたら製鉄 作業手順

たたら製鉄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/24 09:34 UTC 版)

作業手順

たたら製鉄は近世まで一子相伝であったため、遺構の発掘の成果や数少ない文献の記述などによってその概要が知られるのみであり、各時代の詳細な作業方法や手順までは記録に残されていない[53]。これはズク押しの技術が途絶えた原因にもなったわけであるが、ケラ押しは靖国たたら、および日刀保たたらによって辛うじて命脈を保った。このため、以下の記述は後世に伝わった幕末から近代にかけての、ケラ押しによる操業手順となる。

(以下、靖国たたらに於ける昭和10年11月18 - 22日の操業記録[54]に基づく)

操業は約70時間、中断なく継続して行われる。全体の工程は「籠り(こもり)」、「籠り次(こもりつぎ)」、「上り(のぼり)」、「下り(くだり)」の計4期からなり、それぞれの所要時間はおおむね7時間半、7時間半、18時間、36時間程となる。現場での指示は「村下(むらげ)」が担当し、送風量の増減や砂鉄と木炭の投入時期などを決める。

籠り期

まず準備段階として、種火の入った炉に木炭を充填して送風を開始する。その後2時間程たち、炉の温度がある程度上がった所で「籠り砂鉄」を投入し始める。この砂鉄は粒が細かく溶けやすいため、粘土で出来た炉壁と比較的すみやかに反応してノロ(鉄滓)を作り出し、そのノロが熱を籠らせる役割を果たす。
ここからが籠り期となり、木炭、その後再び砂鉄と、交互に約30分ごとの投入を繰り返す。定期的に余分なノロを排出する。

籠り次期

投入する砂鉄を、主原料である真砂砂鉄に籠り砂鉄を4割程度混入したものに切り替える。
次第に炉の温度が上がってゆき、ノロの他にズク(銑鉄)も出来始める。

上り期

十分に熱が炉底に籠った所で、投入する砂鉄をすべて真砂砂鉄とする。この粒の粗い砂鉄は炉の中で完全には溶解せず、ノロに包まれる形でケラ(鉧)を生成する。ケラはノロの中で育つため、排出する量は多すぎても少なすぎてもいけない。
この頃になると、炎の色が初めの頃の赤黒色から山吹色に変わる。

下り期

砂鉄を投入する間隔を短くしてゆき、量も増やしてゆく。ケラが成長するとともに炉壁の侵食も進む。
ケラが肥大化し、炉がこれ以上耐え切れないと判断した所で、村下の指示で送風を止める。

その後、炉を壊して燃え残った炭を取り除き、ケラを引き出す。ケラは十分に冷ました後、破砕して選別する。

なお、現在も操業を続ける日刀保たたらでは諸事情により籠り砂鉄を使用せず、操業期を「籠り」、「上り」、「下り」の3期に分ける他[55]、生産される鋼とズクの比率が大きく異なるなど、上記と相違がある。

ケラ押しによる各時代のたたらの生産量[56][57] (単位:キログラム
たたら名 操業年 使用砂鉄 使用木炭 銑鉄
伯耆国砥波たたら 1898年 12,825 13,500 1,125 1,575
靖国たたら 1943年 14,911 14,900 577[注釈 6] 1,519
日刀保たたら 1978年 7,840 11,932 1,194 176[注釈 7]
日刀保たたら 1997年 10,325 10,725 2,300 49[注釈 7]

ズク押しでの操業におけるケラ押しとの相違

ズク押しとケラ押しとでは、その設備全般や操業法に大きな差異はない[7]。 しかしズク押しではもっぱら銑鉄を生産するため、砂鉄を速やかに還元したのち炭素をよく吸収させる必要があり、ケラ押しと比較して以下のような違いがある。

  • 粒が細かく、二酸化チタンの含有量が多いために融点の低い赤目砂鉄や浜砂鉄を使用する[58]
  • 蓄熱のため炉の幅が20センチメートルほど狭く、下部の傾斜がより急になっている[59]
  • 羽口の角度が緩やかで先が広いため、炉底部全体に幅広く風が行き渡る[60]
  • 炉底に溜まった熔銑を約3時間ごとに流し出すためケラがほとんど出来ない[61]
  • 操業は4昼夜に渡って行われ、全体で約84時間に及ぶ[62]
ズク押しによるたたらの生産量[57][61] (単位:キログラム)
たたら名 操業年 使用砂鉄 使用木炭 銑鉄
広島鉄山 1898年 18,750 15,000 不明 4,875
石見国価谷たたら 1898年 18,000 18,000 337[注釈 8] 4,500

古代における作業手順

以下に古墳時代の「たたら炉」による製造作業について説明する。 古墳時代にはフイゴが作られていなかったために、たたら炉では自然風によって木炭の燃焼が行われていた。

  1. 炉は風上に炉口をもつよう斜面などに作られ、炉口の反対側の木炭粉と石英で出来た炉内床面の上に木炭と砂鉄が交互に層を成して並べられ、柴木なども加えられて準備が完了する。
  2. 炉口から火が付けられる。
  3. 火が消えて冷えれば、還元鉄が得られる。

製品は鍛造に適した鉄が得られた[63]。フイゴを使用する後の方法に比べて風量が少ない分、低温精製によりフイゴ式よりも純度の高い鉄が得られるという利点があるが、製鉄に非常に長い時間がかかるのに生産量が少ないという難点があった。


  1. ^ 古事記」には神武天皇の后として「比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)」の名が記述されている[5]。また、「日本書紀」では「媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)」となっている[6]
  2. ^ 20世紀前半期の冶金学者である俵国一は「古来穏健なる発達を遂げて一種独特の点がある」と評している[8]
  3. ^ 江戸後期に公儀御用人を務めた山田浅右衛門吉睦の著書『古今鍛冶備考』(1819年頃)の記述による。一方、同じ江戸後期に活動した刀工、水心子正秀が著した『剣工秘伝誌』(1821年)では、ケラ押しの発生時期を千種鋼の登場より100年以上前の応永年間(1394 - 1427年)としている。[32]
  4. ^ 明治期以降にはその形から「包丁鉄(ほうちょうてつ)」とも呼ばれる[34]
  5. ^ 金偏に胴。
  6. ^ ただし玉鋼のみ。
  7. ^ a b ただしケラに含まれる分のみ。
  8. ^ ただしケラ塊。
  9. ^ ただし、日本刀のうち慶長年間より前に作られたもの、すなわち「古刀」にまで遡ると、その材料や製法は伝承されておらず、使われた鋼がたたら製鉄によるものなのか否かは判断できない[69]
  1. ^ 鈴木 2005, p. 97.
  2. ^ 俵 1953, p. 64.
  3. ^ a b c d e 清永 1994, p. 1453.
  4. ^ a b エンカルタ総合大百科』2003年版、マイクロソフト、見出し語「たたら」。
  5. ^ 次田真幸訳注 『古事記 全訳注』中巻、講談社〈講談社学術文庫〉、1980年、44頁。
  6. ^ 宇治谷孟訳 『全現代語訳 日本書紀』上巻、講談社〈講談社学術文庫〉、1988年、108頁。
  7. ^ a b 小塚 1966, p. 38.
  8. ^ a b 俵 1910, p. 103.
  9. ^ 俵 1933, 著書名副題.
  10. ^ 永田 1998, p. 27.
  11. ^ たたらの話”. 日立金属. 2016年12月5日閲覧。
  12. ^ 大槻文彦大言海』第3巻、冨山房、1934年、238頁。
  13. ^ 齋藤・坂本・高塚 2012, p. 180.
  14. ^ 飯田 1980, p. 128.
  15. ^ 永田 1998, p. 32.
  16. ^ 久保善博, 佐藤豊, 村川義行, 久保田邦親「たたら製鉄の生産性と製品品質に及ぼす装荷比(砂鉄/木炭)の影響」『鉄と鋼』第91巻第1号、日本鉄鋼協会、2005年、 83頁、 doi:10.2355/tetsutohagane1955.91.1_83ISSN 00211575
  17. ^ 河瀬 1997, p. 219.
  18. ^ a b 舘 2005, p. 7.
  19. ^ 小塚 1966, p. 40.
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  23. ^ 舘 2005, p. 2.
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  26. ^ a b 舘 2005, p. 3-4.
  27. ^ 保存処理の成果 (平成18年度)”. 福岡市埋蔵文化財センター. 2017年9月15日閲覧。
  28. ^ たたらの話”. 日立金属. 2016年11月19日閲覧。
  29. ^ a b 舘 2005, p. 4.
  30. ^ a b c 舘 2005, p. 5.
  31. ^ a b c 清永 1994, p. 1455.
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  33. ^ a b 永田・鈴木 2000, p. 64.
  34. ^ 天田 2004, p. 45.
  35. ^ a b c 永田 2005, p. 13.
  36. ^ a b 片山・北村・高橋 2005, p. 125.
  37. ^ 鈴木 1990, p. 86.
  38. ^ a b c 舘 2005, p. 9.
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  40. ^ a b 片山・北村・高橋 2005, p. 124.
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  42. ^ 俵 1953, p. 45.
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  47. ^ 小塚 1966, p. 46.
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  49. ^ 鉄をはぐくむーー出雲國たたら風土記(上)日本刀支える極上「玉鋼」日本古来の伝統・技術を継承『産経新聞』朝刊2017年7月9日
  50. ^ 永田・鈴木 2000, p. 71.
  51. ^ 出雲國たたら風土記~鉄づくり千年が生んだ物語~”. 文化庁「日本遺産」説明資料. 2017年7月15日閲覧。
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  53. ^ a b 小塚 1966, p. 37.
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  55. ^ 鈴木・永田 1999a, p. 46.
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  57. ^ a b 鈴木 2001, p. 158.
  58. ^ 鈴木 2001, pp. 162–164.
  59. ^ 鈴木 2001, pp. 155, 161.
  60. ^ 鈴木 2001, pp. 165–168.
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  62. ^ 鈴木 2001, p. 156.
  63. ^ 鉄と生活研究会編 『鉄の本』 2008年2月25日初版1刷発行、ISBN 9784526060120
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  66. ^ 丸本浩「「たたら製鉄法」の基礎研究と定量実験としての教材化<第2部 教科研究>」『中等教育研究紀要 /広島大学附属福山中・高等学校』第49巻、広島大学附属福山中・高等学校、2009年3月、 259-264頁、 doi:10.15027/32973ISSN 0916-7919NAID 120004161195
  67. ^ 清永 1994, p. 1456–1457.
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  71. ^ 天田 2004, p. 182.
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  77. ^ 奥出雲の和鉄 - たたらの歴史 -”. 鉄の道文化圏推進協議会. 2020年10月6日閲覧。
  78. ^ 有岡利幸 『里山Ⅰ』 法政大学出版局、2004年、231–261頁。
  79. ^ 北村・片山・高橋 1997, p. 295.
  80. ^ たたら侍”. 2017年6月6日閲覧。





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