Tiranの採用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 23:10 UTC 版)
「チラン (戦車)」の記事における「Tiranの採用」の解説
1967年6月5日、イスラエルはエジプト、シリア、ヨルダン、イラクの空軍基地に空爆による奇襲を行って制空権を確保し、シナイ半島とガザ地区、ヨルダン川西岸地区、ゴラン高原の3方面で一斉に地上部隊が攻勢をかけ、これらの地域を占領した(第三次中東戦争)。この戦争に圧勝したイスラエルは、アラブ諸国軍の各種兵器を大量に鹵獲した。その中には、ソビエト連邦がエジプトやシリアに供与したチェコスロバキア製のT-54/T-55戦車が数百両含まれていた。 イスラエル軍は、建国以降アメリカ製のM4 シャーマンを改修したM50/M51 スーパーシャーマンを主力として第一次中東戦争や第二次中東戦争を戦い抜いてきたが、周辺アラブ諸国は次々に新型戦車を導入したため、これに対抗する必要からイギリスやアメリカ・西ドイツからセンチュリオンやM48A1/A2を導入していた。しかし、イスラエル軍では未だに第二次世界大戦中にアメリカ軍が使用していたM3ハーフトラックが主力装甲兵員輸送車である(M113装甲兵員輸送車が主力となるほどの数が揃ったのは第三次中東戦争後)など、決して潤沢な財政事情では無かったため、鹵獲した兵器の有効活用に余念が無かった。さらに、この戦争後、イギリスとフランスがアラブ諸国の圧力に屈する形でイスラエルへの兵器供給を差し止めたため装甲戦闘車両の不足に悩まされていたイスラエルは、このT-54/T-55を自軍で運用することを決定し、それぞれTiran-1/Tiran-2という制式名を与えて自軍の制式装備に加えた。
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