有機伝導体
(ORGANIC CONDUCTOR から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/21 02:41 UTC 版)
有機伝導体(ゆうきでんどうたい、英: organic conductor)は、主として有機化合物から構成され、金属的伝導性を示す物質である。その多くは平面π共役系分子を基盤としており、低次元物性の研究対象として注目されてきた。また、超伝導、電荷密度波、スピン密度波、モット絶縁体、電荷秩序など、多様な電子物性を示すことで知られている。1950年代初頭に端緒を持ち、電気伝導性の向上および有機伝導体・超伝導体の開発を中心に発展してきた。
名称について
金属的伝導性を示す有機物質については、名称が一つに定まっておらず、様々な呼称が用いられている[1]。まず、金属(metal)や伝導体(導体)に「有機(organic)」の接頭語を付したorganic metalや有機伝導体(有機導体)といった呼称がある[2][3][4]。しかし、organometallic compoundの訳語として「有機金属化合物」が既に定着していることから、organic metalに「有機金属」という訳語を充てるのは適切ではないとされており、これに対応する適当な日本語訳は存在しないと指摘されている[5][6]。
有機伝導体の多くは電荷移動錯体であり、電子物性を担う主体は有機化合物である一方、結晶のスペーサーあるいは物質内の内部摂動として無機イオンを含むものも多く、その場合は純粋な有機物質とは言い難い。さらに、電荷移動錯体以外にも、金属錯体分子のみから成る単成分系の伝導性物質も存在する[7]。このような背景に加えて、物性の単位は「分子」であるとの立場から、より広義の概念として、分子性導体(分子性伝導体、英: molecular conductor)という呼称も用いられている[8][9]。
理学および工学おける「伝導」と「導電」の用法の違いを反映して、有機導電体の用例も見られる[10]。
設計戦略
有機化合物からなる結晶は一般に電気伝導性が低い[11]。それは、原子が不対電子を持たないように分子を組み、その閉殻分子がファンデルワールス力などの弱い相互作用を介して結晶を構成するためである[12]。そのような物質は、価電子帯および伝導帯のバンド幅が小さい上に、単位格子内の価電子数が必ず偶数となるため、バンド理論の観点より、本質的に絶縁体となる[12][13]。微視的には、「分子内の強い結合」と「分子間の弱い相互作用」に起因して、電子は分子内に強く局在化しており、分子間をホッピングして電気伝導に寄与することが困難となる[12]。この電子の局在性は、上述の小さなバンド幅に対応している。
電気伝導性を獲得するためには、価電子帯および伝導帯を構成する分子のフロンティア軌道(HOMOおよびLUMO)に電子を部分的に占有させる必要がある[14]。その結果、フェルミ準位がバンドを横切ることになり、バンド理論の観点から金属状態が実現する。その代表的な手段が、電荷移動(英: charge transfer)、すなわち電荷移動錯体である[11]。有機分子に対してアニオン(またはカチオン)を対イオンとして導入し、結晶中に取り込むことで、電荷移動を通じて有機分子は部分酸化(あるいは部分還元)される。その結果、有機分子は閉殻状態からラジカル状態へと変化し、フェルミ準位が価電子帯(または伝導帯)に掛かるようになる。このような状態を実現するためには、結晶中においてラジカル状態が安定化されるような分子設計と、部分的に酸化還元されるような酸化還元電位の組合せが求められる[15]。
もう一つの手段として、分子間相互作用を強めることによりバンド幅を増大させ、価電子帯と伝導帯をオーバーラップさせる方法がある[11][16]。これにより、たとえ電子2個がHOMOを占有している閉殻状態であっても、バンドの重なりに起因して電子の一部がLUMO由来の伝導帯へと移動する[11][16]。その結果、バンドは部分充填となり、金属状態が実現する[注釈 1]。常温常圧下で絶縁体である元素、例えばホウ素や酸素、窒素、さらには希ガスのキセノンまでもが、超高圧下で金属化するのはこのためである[17]。後述する単成分系の伝導性物質は、分子間相互作用が三次元的かつ強く働くような分子設計をすることで、この機構による金属状態を実現する[11]。
作製法
有機伝導体の多くが電荷移動錯体であるため、本節では有機電荷移動錯体の結晶育成法について記述する。代表的な作製法は拡散法と電解法であるが、それ以外にも濃縮法、徐冷法、蒸気拡散法などがある[18]。いずれの方法においても、不活性ガス雰囲気下で、蒸留精製した有機溶媒を用いる[19]。
単結晶の作製は、溶媒の種類や量、成分分子の溶解度、温度や湿度等の外的環境など、多岐にわたる因子に依存しており、学問研究として最も体系化が進んでいない領域の一つである[19]。そのため、実験者の経験や勘に依存する部分が少なくなく、さらに運に左右される側面もある[19]。しかしながら、良質な試料を得られるか否かが有機固体研究の成否を決定するといっても過言ではないほど、結晶の作製は重要な工程である[18]。
拡散法
拡散セル内の離れた位置に、反応種となるドナー分子とアクセプター分子をそれぞれ加える。そこへ有機溶媒をできるだけ静かに注ぎ、拡散セルを溶媒で満たす[20]。ガラス栓をし反応系を不活性雰囲気下で封じ、暗所で静置すると、ドナー分子とアクセプター分子が徐々に溶媒に溶解拡散し、拡散セルの中央付近で出会って反応し、電荷移動錯体を生成する[20]。錯体の濃度が飽和に達すると、拡散セル中央付近で結晶が析出し、数日から数週間かけて成長する[21]。
電解法
電解法では、しばしばH型の結晶成長セルが用いられる[22]。ここでは、ラジカルカチオン塩の作成法について概説する。H型電解セルの両端の口に、ドナーの中性分子(D)と対アニオン(X−)を供給する支持電解質(例えばTBA・X)をそれぞれ加える[23]。そこへ有機溶媒をできるだけ静かに注ぎ、電解セルを溶媒で満たす。白金電極の付いたガラス栓で蓋をし、セルを不活性雰囲気下で封じる。そうしたセルを恒温槽などの暗所に静置した後、ドナー分子側の白金電極を陽極に、支持電解質側の白金電極を陰極に接続する[23]。数百ナノアンペアから数マイクロアンペアの定電流を印加すると、溶媒に溶解したドナー分子は
- D → D+・
のように電解酸化され、ラジカルカチオンとなる。そのラジカルカチオンが溶解拡散したアニオン(X−)と合流することで、2:1塩の場合には
- D+・ + D + X− → D2X
のような反応過程を経て電荷移動錯体を形成する。錯体の濃度が飽和に達すると、ラジカルカチオン塩の結晶が電解セルの陽極側の白金電極表面から析出し、数日から数週間かけて成長する[23]。
構造
物質の結晶構造と電気伝導性は密接に関連する。有機電荷移動錯体の場合、有機伝導体を得るためには、ドナー分子(D)とアクセプター分子(A)が
- DDDDD…
- AAAAA…
のように、それぞれが独立して別々に積層した分離積層型の構造を取る必要がある[6]。これにより、不対電子を有する構成成分の積層方向(カラム方向)に対して高伝導を示す。この構造を取るためには、構成分子の片方あるいは両方が部分的に酸化還元、すなわち一電子以下の非整数電荷移動が必要となる[6]。電荷移動量が一電子以上の場合、ドナー分子とアクセプター分子が
- DADADA…
のように、交互にカラムを形成する交互積層型の構造を取る[6]。これは、D同士およびA同士のクーロン反発が大きいために、分離積層型が不安定な構造になるからであると考えられる。さらに、交互積層型では、構成分子の片方あるいは両方が閉殻分子となるため、カラム方向の電気伝導がその閉殻分子に阻害される。したがって、交互積層型の電荷移動錯体は有機伝導体が望めない構造である[6]。
歴史
有機伝導体および有機超伝導体は連続・並立した同一の研究分野として言及されることがほとんどのため、本節では、主題の有機伝導体だけでなく、有機超伝導体についても記述する。
1950年代
有機半導体と電荷移動
1950年代初頭、日本の赤松秀雄・井口洋夫、ならびにイギリスのダン・イーリーらにより、π電子共役系を有する多環芳香族化合物が比較的高い電気伝導性を示すことが報告された[24][25][26][27]。さらに1954年には、赤松・井口・松永義夫が、臭素をドープしたペリレンが0.1 S/cm程度の高伝導を示すことを明らかにした[28]。このペリレン臭素電荷移動錯体に関する研究は、有機化合物に電気伝導性を付与する手法として、電荷移動を利用するという方向性を示した、記念碑的な成果であると見なされている[27][29][30][31]。
1960年代から70年代
TCNQ
テトラシアノキノジメタン(略称: TCNQ)は、耐熱性・耐薬品性に優れたポリテトラフルオロエチレン(商標名テフロン)の類縁化合物として米国デュポン社により、1960年に合成された[32][33]。結果として、TCNQは本来の狙いであった重合反応は起こさなかったものの、4つのシアノ基によりアクセプター性が強く、安定なラジカルアニオンとなることから、電荷移動錯体を構成するアクセプター分子として注目された[33]。1960年代に、ソ連のイーゴリ・シチョーゴレフ率いる研究グループによって、数多くのTCNQ塩が合成された[34][35]。世界で最初に金属的伝導性を与えた有機物質はNPM-TCNQ(NPM = N-メチルフェナゾニウム)であり、1965年にL. Russell Melbyにより合成されるとともに、この物質が室温で142 S/cmの電気伝導度を示すことが報告され、1972年にアラン・ヒーガーおよびアンソニー・ガリトらにより室温から約200 Kまで金属的伝導性を示すことが報告された[36][37][38]。NPM-TCNQは、分離積層型の構造を取り、NPMとTCNQの間で0.6電子分の非整数電荷移動が生じている[38]。
TTF
テトラチアフルバレン(略称: TTF)は、ドナー性の平面分子であり、1970年にフレッド・ウドルらによって開発された[33][39]。TTFの5員環がπ電子を7個持っており、5員環が電子1個を失った6π系は芳香族性を示す[40][41]。TTFには5員環が2個あるため2+まで酸化できるが、二電子酸化された状態は正電荷同士の反発が生じるため、結果として一電子酸化された状態が最も安定となる[40]。後述するTTF-TCNQを境に、TCNQ塩を中心とした研究から、TTF系類縁ドナーを用いたラジカルカチオン塩へと研究対象が移った。
TTF-TCNQ
アクセプター分子のTCNQとドナー分子のTTFから構成された電荷移動錯体TTF-TCNQは、1次元有機伝導体の代表格であり、有機伝導体の中で最も研究された物質の一つである[42][43]。この物質は、ジョン・P・フェラリスらのグループにより1973年に報告された[44]。分離積層型の構造を持ち、(TTF0.59+)(TCNQ0.59−)の非整数電荷移動を起こしている[45][46]。また、室温で600 S/cmに達する高い電気伝導率を示し、約53 Kでパイエルス転移を起こす[45]。フェラリスらによる報告とほぼ同時期に、ヒーガーおよびガリトらのグループもTTF-TCNQについて報告した[47]。ヒーガーらは当初、パイエルス転移の直前に観測される伝導率の急上昇を超伝導揺らぎによるものと解釈した[45][47][48]。それ以前に発表されていた、極性分子の導電性ポリマーにおいて室温超伝導が実現し得ると予言するウィリアム・A・リトルの励起子超伝導理論[49]も相まって、彼らの報告は大きな注目を集めた[48][50]。その後の追試により、この解釈は実験上のアーティファクトに起因する誤りであったことが判明したが、彼らの研究は有機伝導体分野の発展を促した[48][51]。
低次元不安定性
TTF-TCNQを始めとするTTF塩およびTCNQ塩は、その平面性の高い分子構造ゆえに、平面分子が積層したカラム方向にのみ高伝導を示す1次元系となる[52]。その場合、低温領域でパイエルス転移を起こし、電荷密度波あるいはスピン密度波などの絶縁状態へとなりやすい。パイエルス転移はルドルフ・パイエルスが1955年に出版した著書[53]の中で予言した絶縁化機構であり、その機構は次の通りである。絶対零度において、波数Q = 2kFを持つ摂動を加えると、1次元系は発散的な密度応答を示す[54][55]。つまり、系が無限小の摂動に対して有限の応答を示すことになり、低温になるにつれて系のエネルギーが潜在的に不安定化する[54]。これを低次元不安定性(パイエルス不安定性とも)という[54]。この不安定性を解消するために、波数Q = 2kFを持つ内部摂動が自発的に加わり、超格子形成を伴う金属絶縁体転移を引き起こす[56]。したがって、低次元不安定性を回避・抑制するためには、より高次元の電子系を持つような分子設計が求められる[57]。この指針の基に、様々なTTF系類縁ドナーが開発された[58]。
1980年代
TMTSF
テトラメチルテトラセレナフルバレン(略称: TMTSF)は、TTFの硫黄を同族のセレンに置換し、分子末端にメチル基を導入したドナー分子である。分子設計の狙いは2つある。1つはメチル基の導入によりカラム方向の相互作用(t∥)を阻害すること、もう1つはセレン置換によりカラム間(side-by-side)の相互作用(t⊥)を高めることである[50]。これにより、TMTSF塩の相互作用比は10倍程度となり、TTF-TCNQの100倍程度と比べるとかなり小さく、TMTSF塩は擬1次元系と呼ばれる[59][60]。1980年にはクラウス・ベチガードとデニス・ジェロームらにより、閉殻無機アニオンPF6−を対アニオンに持つ(TMTSF)2PF6が12kbar の圧力下で Tc = 0.9 Kの転移温度を持つ世界最初の有機超伝導体であることが報告された[61][62]。その翌年には、よりサイズの小さいアニオンを用いることで、常圧超伝導体(TMTSF)2ClO4が開発された[62][63]。八面体アニオン(PF6−)から四面体アニオン(ClO4−)への置換は、結晶中のTMTSF分子間距離を狭め、相互作用を増大させる。この効果は加圧によっても達成される。つまり、(TMTSF)2ClO4の常圧下の電子状態は(TMTSF)2PF6の圧力下の電子状態に相当し、その結果(TMTSF)2ClO4が常圧で超伝導を示したと理解される。このように、結晶構成分子の置換は物理圧力とほぼ同等の効果を与えることから、化学圧力と称される[64][65]。TMTSF塩およびその硫黄置換体であるTMTTF塩(TMTTF = テトラメチルテトラチアフルバレン)の研究はジェローム・ダイアグラムとして纏められ、超伝導相を含む多様な電子相を示した[66][67]。
BEDT-TTF
ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレン(略称: BEDT-TTF)は、これまでに最も有機超伝導体を与えている分子である[67]。このドナー分子はマイケル・P・カヴァらにより1978年に合成が報告され[68]、1982年に斎藤軍治らによって合成法が確立された[69]。この分子の分子設計の狙いは、上記のTMTSFのそれをさらに推進したものである。すなわち、末端エチレン基を修飾することにより完全な平面分子ではなくなり、t∥をさらに低下させ、周縁カルコゲン付加によりt⊥をさらに増加させる[50]。これにより、1次元・擬1次元から脱却し、2次元電子系が実現された[50][70]。1982年にβ''-(BEDT-TTF)2ClO4(1,1,2-TCE)0.5が極低温まで金属的伝導性を示すことが報告された[69]。また、BEDT-TTF塩の最初の超伝導体は1984年にソ連のエドゥアルド・ヤグブスキーらにより報告されたβ-(BEDT-TTF)2I3である[71]。BEDT-TTF塩は、同一組成であっても多型を示しやすいため、慣例的にギリシア文字を付してこれらを区別する[72][73]。
1980年代中葉から後半にかけて、トリハライドやメタルハライドなどの直線形三原子アニオンを対アニオンとするBEDT-TTF塩が数多く開発された[50][74][75]。その中で、齊藤軍治らは、BEDT-TTF1分子あたりの有効体積が増えると超伝導転移温度が上昇するという設計指針[注釈 2]を見出し、1988年に齋藤および浦山初果らにより、初の10K級有機超伝導体であるκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 (Tc = 10.4 K)が報告された[76][77]。
BEDT-TTF塩の基底状態には、超伝導の他に、モット絶縁体や電荷秩序状態などがある[78]。
フェルミオロジー
森健彦らにより、1984年に有機伝導体・分子性固体用のバンド計算プログラムが開発された[79][80]。有機伝導体は分子から成る複雑な結晶構造を有しているものの、バンド計算の結果、バンド構造およびフェルミ面は単純な形状を持つことが明らかとなった[81]。さらに、シュブニコフ・ドハース振動や、Mark V. Kartsovnikや梶田晃示らにより発見された角度依存磁気抵抗振動[82][83]を観測することで、有機伝導体が実際にそのような単純なフェルミ面を持つことが実験的に確認された[84]。特に、超伝導を示しやすいβ型およびκ型は、それぞれ楕円形および円形の大きな2次元フェルミ面を持つことがバンド計算より示されている[85][86]。このことは、2次元系の実現を志向したBEDT-TTFの分子設計の有効性を示すものである。
多環式化合物
TTF骨格に依存しない有機伝導体の開発も行われた。報告例は少ないものの、硫黄原子を含んだ多環式化合物の電荷移動錯体においても、高温領域で金属的伝導性を示す物質が1987年に報告されている[87]。
1990年代から2000年以降
10K級有機超伝導体の開発
米国のジャック・ウィリアムズ率いるアルゴンヌ国立研究所のグループは、上述した齋藤らの設計指針をさらに推進させ、1990年代に10 K級有機超伝導体を複数開発した[77][88]。
TTP系ドナー
BEDT-TTFでは、外側の六員環に位置する硫黄が、内側のTTF骨格の硫黄よりも分子短軸方向に突出しているため、内側の硫黄が寄与する分子間相互作用は、外側の硫黄と比べて相対的に弱くなる[89]。そこで、分子内の環を五員環で揃えたドナー分子として、BDT-TTP(BDT-TTP = 2,5-ビス(1,3-ジチオール-2-イリデン)-1,3,4,6-テトラチアペンタレン)が設計された[89]。内側の骨格はTTP(TTP = 1,3,4,6-テトラチアペンタレン)である。この分子は、1980年にIBM基礎研究所により初めて合成が報告され、1990年に御崎洋二によって合成法が改良された[90]。このドナー分子の電荷移動錯体は、対アニオンのサイズや形状に関わらず、極低温まで安定な金属を示す物質が多い[90]。また、他のTTP系ドナーを用いた物質には超伝導を示すものが知られている[67][90][91]。
(R1, R2-DCNQI)2Cu
これまでの有機伝導体は主としてpπ電子系であったが、有機アクセプターR1, R2-DCNQI(R1, R2 = メチル基、メトキシ基、ハロゲン置換基)と銅イオンから構成させるラジカルアニオン塩(R1, R2-DCNQI)2Cuは、銅のd電子が有機アクセプターのpπ電子系と混成し、電気伝導に関与するpπ-d系である[92]。この物質群は、1986年にドイツの研究グループにより、置換基R1, R2が両方ともメチル基の(DMe-DCNQI)2Cuが報告されたことに始まる[93]。その後、1980年代後半から1990年代にかけて、置換基を変えた系統的な研究が精力的に行われた[94]。置換基の種類によって、極低温まで金属状態を示すもの(タイプI)、比較的高温で金属絶縁体転移を示すもの(タイプII)とに大別される[94]。前者では、銅イオンのd電子が電気伝導に関与することで、3次元的な電子状態が形成され、金属状態が安定化する[94]。実際、バンド計算およびドハース・ファンアルフェン効果により、3次元的なフェルミ面が観測されている[95]。タイプIとタイプIIの境界近傍では、温度低下に伴い金属から絶縁体へ転移した後、再び金属へと転移するリエントラント転移が観測される[94][96]。
単成分系金属錯体
世界で最初の単成分系の有機伝導体の報告例は、フタロシアニン(Pc)に2つのタリウムが配位したTl2Pcであり、ポーランドの研究グループによって1994年に報告された[97][98]。しかし、合成が困難で他グループが追試したTl含量の少ない試料では、半導体の挙動を示したため、Tl2Pcが本当に単成分金属であるかどうかは不明である[98][99]。2001年には、小林昭子らにより、単成分系有機伝導体Ni(tmdt)2(tmdt = トリメチレンテトラチアフルバレンジチオレート)が報告された[7]。
伝導性と磁性の共存系
一般に磁性は超伝導状態を阻害するため、超伝導体の開発において磁性イオンを対アニオンとして導入する試みは長らく避けられてきた。しかし、1990年代中葉から、TTF系ドナーが有する伝導性π電子と、磁性を担うd電子とが共存した系の開発が行われるようになった。中でも、強磁性と金属的伝導性が共存する(BEDT-TTF)3[MnCr(C2O4)3]や[100]、強磁場下で超伝導を発現するλ-BETS2FeCl2などが注目を集めた[101][注釈 3]。
関連項目
脚注
注釈
- ^ バンドとしては、半金属 (バンド理論)となる。
- ^ これ以外にも、β型が超伝導になりやすいこと、直線形アニオン長の長さと転移温度に正の相関があること等の知見が得られた。
- ^ BETSはBEDT-TTFのTTF骨格の硫黄原子がセレン原子に置換されたドナー分子。
出典
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