電荷移動錯体とは? わかりやすく解説

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でんかいどう‐さくたい【電荷移動錯体】

読み方:でんかいどうさくたい

電子不足した官能基をもつ電子受容体と、電子が富む官能基をもつ電子供与体構成され両者の間で電荷移動生じ錯体総称EDA錯体


電荷移動錯体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 05:24 UTC 版)

電荷移動錯体(でんかいどうさくたい、: Charge-transfer complex、略称: CT錯体)あるいは電子受容-供与錯体(英語: Electron-donor-acceptor complex、略称: EDA錯体)とは、電荷分子間で移動できる2つ以上の異なる分子もしくは1つの巨大分子の異なる部分の会合体である。会合により分子が静電気的に引きつけられ、錯体が安定化される力が生まれる。電子を供与する分子は電子供与体英語版、電子を受容する分子は電子受容体英語版と呼ばれる。

電荷移動錯体における静電気的な結合は安定なものではないため、共有結合よりずっと弱い。多くの錯体は励起状態電荷移動遷移を引き起こす。これらの錯体は電子のエネルギーが変化する際に電磁スペクトルにおける可視光領域の光と同じエネルギーを吸収するため、特有の色を持つ。この吸収帯英語版電荷移動吸収帯(CT帯)と呼称される。スペクトルを測ることで電荷移動吸収帯を決定できる。

電荷移動錯体は無機分子や有機分子、固体や液体に溶液と様々な種類が存在する。よく知られているのはヨウ素デンプンと会合して青紫色になる反応である。

無機化学では、ほとんどの電荷移動錯体が金属原子と配位子の間での電子移動によって成り立っている。遷移金属錯体の電荷移動吸収帯は金属と配位子、それぞれの分子軌道間での電荷密度の移動に起因している。配位子から金属への電荷移動が起こる錯体をLMCT錯体、金属から配位子への電荷移動が起こる錯体をMLCT錯体と呼ぶ。したがって、MLCT錯体は中心金属を酸化し、LMCT錯体は還元する。共鳴ラマン分光英語版もこれらの電荷移動吸収帯の特定に用いられる[1]

供与と受容の平衡

電荷移動錯体は分子、もしくは分子の一部が弱い結合でつながってできており、一方が電子供与体、他方が電子受容体として働く。結合は共有結合のように強くはないため、温度や濃度、溶媒などの環境に左右される。

電荷移動錯体では電子供与体(D)と電子受容体(A)の分子が次のような平衡を成り立たせている:

図. 1 I2PPh3の電荷移動錯体をCH2Cl2に溶かしたときの溶液の色。左から順に:
(1) I2 dissolved in dichloromethane - 電荷移動錯体は生成しない
(2) 過剰のPPh3を加えて数秒後。電荷移動錯体が生成している。
(3) 過剰のPPh3を加えて1分後、電荷移動錯体[Ph3PI]+Iが生成している。
(4) 過剰のI2を加えた直後。[Ph3PI]+[I3]が生成している[7]

多くの金属錯体はd-d遷移により特有の色を持つ。可視光線から錯体に特有の波長の光を吸収するとd電子が励起される。この光の吸収により色が生まれる。この色は通常かなり弱い。これは選択則による。

スピン則: Δ S = 0

遷移の際、電子のスピンが変化するのは好ましくない。スピンが変化する反応はスピン禁制反応英語版と呼ばれる。

ラポルテの規則: Δ l = ± 1

対称中心を持つ錯体におけるd-d遷移は禁制である。これは「対称禁制」や「ラポルテ禁制」に相当する[8]

電荷移動錯体はd-d遷移を起こさない。したがってこれらの規則は適用されず、非常に強い吸収が見られる。

例えば、昔から知られているデンプンから形成される電荷移動錯体は青紫色になる。これは贋金の識別に利用された。アメリカの紙幣は普通の紙と異なりデンプンが含まれていなかった。そのため、もし紙幣をヨウ素溶液に浸して紫色になれば、それはデンプンが含まれている紙であるためニセ金と判断できた。

その他の例

ヘキサフェニルベンゼン誘導体1 (Fig. 2) は、酸化還元事象の電位が幅広く分離しているため、ドデカメチルカルボラニル (Bで表す)によって酸化されて定量的にラジカルカチオン(1+)になり、青い結晶(1+ B-)として単離される。[9]

ヘキサメチルベンゼンの電荷移動錯体
Fig. 2  1•+B-錯体の合成: オクタカルボニル二コバルトを触媒とする二置換アルキンアルキン英語版三量化が起こる。このときジ(エチルアミノ)基などの電子供与基などによって電子が非局在化されるのが望ましい。

フェニル基は全て中心の芳香環と45°の角度をなして配座しており、ラジカルカチオン英語版の正電荷は環状になっている6つのベンゼン環で共有されて、全体で非局在化している。この錯体は近赤外線領域に5つの吸収帯をもち、デコンボリューション英語版とマリケン・ハッシュ理論を使ってそれぞれの吸収が特有の分子電子遷移に割り当てられる。

電導性

ヘキサメチレンTTF/TCNQ 電荷移動錯体の結晶構造の側面図。層の端にある原子を強調している[10]
ヘキサメチレンTTF/TCNQ 電荷移動錯体の結晶構造の端面図。TTFの層の間の距離は3.55 Åである。

1954年、ペリレンヨウ素もしくは臭素を組み合わせた電荷移動錯体が合成され、電気抵抗率が8 Ω・cmまで低下することが報告された[11][12]。1962年には、現在はよく知られた電子受容体であるテトラシアノキノジメタン (TCNQ) が報告された。テトラチアフルバレン (TTF)は1970年に報告され、強い電子供与体であることがわかった。1973年にはこれらの化合物の組み合わせによって強い電荷移動錯体が生成することが発見された。この錯体はTTF-TCNQと呼ばれている[13]。この錯体は溶液中で生成し、結晶化も可能であることがわかった。結晶はほぼ金属のような電気伝導性を示し、最初の有機伝導体英語版として報告された。TTF-TCNQの結晶中ではTTFとTCNQの分子が独立かつ平行に配置されており、電子遷移は供与体 (TTF) の並びから受容体 (TCNQ) の並びへと起こる。ゆえに電子とホールが別々に存在し、それがTCNQの層とTTFの層でそれぞれ縦に並ぶため、電子はこの層を突き抜ける筒の中を通るように動く。この電子のポテンシャルは結晶の端にある並びで決まる。

テトラメチル-テトラセレナフルバレン-ヘキサフルオロリン酸塩錯体(TMTSF2PF6)は室温では有機半導体であるが、転移温度0.9 K、圧力12 kbar有機超伝導体に変化する。残念ながら、この錯体の臨界点での電流密度は非常に小さい。

脚注

  1. ^ a b c ピーター・アトキンス; Shriver, D. F. (1999). シュライバー・アトキンス無機化学(下) (第6版 ed.). 東京化学同人. p. 634-636. ISBN 978-4-8079-0899-8 
  2. ^ H. Benesi, J. Hildebrand (1949). “A Spectrophotometric Investigation of the Interaction of Iodine with Aromatic Hydrocarbons”. J. Am. Chem. Soc. 71 (8): 2703–2707. doi:10.1021/ja01176a030. 
  3. ^ Mulliken, R. S.; Person, W. B. (1969). Molecular Complexes. ニューヨーク・ロンドン: Wiley-Interscience. Bibcode1971JMoSt..10..155B. doi:10.1016/0022-2860(71)87071-0. ISBN 0-471-62370-9 
  4. ^ Tarr, Donald A.; Miessler, Gary L. (1991). Inorganic Chemistry (2nd ed.). イングルウッド・クリフ (ニュージャージー州)英語版: Prentice Hall英語版. ISBN 0-13-465659-8 
  5. ^ Kalyanasundaram, K. (1992). Photochemistry of polypyridine and porphyrin complexes. Boston: Academic Press. ISBN 0-12-394992-0 
  6. ^ Vogler, A.; Kunkely, H. (2000). “Photochemistry induced by metal-to-ligand charge transfer excitation”. coordination chemistry reviews 208: 321. doi:10.1016/S0010-8545(99)00246-5. 
  7. ^ Housecroft, C. E.; Sharpe, A. G. (2008). Inorganic Chemistry (3rd ed.). Prentice Hall. p. 541. ISBN 978-0131755536 
  8. ^ Robert J. Lancashire. “Selection rules for Electronic Spectroscopy”. 西インド諸島大学. 2008年8月30日閲覧。
  9. ^ Duoli Sun; Sergiy V. Rosokha; Jay K. Kochi (2005). “Through-Space (Cofacial) -Delocalization among Multiple Aromatic Centers: Toroidal Conjugation in Hexaphenylbenzene-like Radical Cations”. アンゲヴァンテ・ケミー 44 (32): 5133–5136. doi:10.1002/anie.200501005. 
  10. ^ D. Chasseau; G. Comberton; J. Gaultier; C. Hauw (1978). “Réexamen de la structure du complexe hexaméthylène-tétrathiafulvalène-tétracyanoquinodiméthane”. Acta Crystallographica Section B英語版 34: 689. doi:10.1107/S0567740878003830. 
  11. ^ Y. Okamoto and W. Brenner Organic Semiconductors, Rheinhold (1964)
  12. ^ H. Akamatsu, H. Inokuchi, and Y.Matsunaga (1954). “Electrical Conductivity of the Perylene–Bromine Complex”. ネイチャー 173 (4395): 168. Bibcode1954Natur.173..168A. doi:10.1038/173168a0. 
  13. ^ P. W. Anderson; P. A. Lee; M. Saitoh (1973). “Remarks on giant conductivity in TTF-TCNQ”. Solid State Communications英語版 13: 595–598. Bibcode1973SSCom..13..595A. doi:10.1016/S0038-1098(73)80020-1. 

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