ER7形(ЭР7)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/11 10:19 UTC 版)
「ソ連運輸省ER1形電車」の記事における「ER7形(ЭР7)」の解説
1950年代のシベリア鉄道以降、ソ連の鉄道路線の電化は経済的な理由により25KV・50Hz交流電化によって進められる事となり、それに備えた試作車として開発・製造された、ソ連初の交流電車。ER1形と同型の高床式プラットホームに対応した車体を有し、先頭車2両と中間電動車2両による4両編成が組まれていた。 1957年に最初の車両が製造され試運転が実施されたが、イグナイトロン型の水銀整流器の故障が高速運転時に多発した事から、以降に製造された交流区間用電車はシリコン整流器に改められた。その後ER7形についても半導体整流器への更新が行われ、形式名もER7K形(ЭР7К)に変更された。その後は営業運転に使用されたものの、試作車という事もあって修理に難があり、1972年に廃車された。2018年現在、一部車両(中間車)の車体の残存が確認されている。 廃車後のER7形電車(2011年撮影)
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