E家・F家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 03:19 UTC 版)
当時、大手私鉄会社に勤めていたEが、Xのクレームに対応したことがきっかけでXがE一家やEの妻の母親Fの家庭事情に口を挟むようになる。 E【逮捕】 1969-1970年生まれ。 大手私鉄会社に勤めていたが、2009年春にXのクレームに対応して以降、Xにより家庭に介入され、E・F家乗っ取り事件に発展する。Xにより退職、転居、離婚を強要されるなど家庭は崩壊し、最後は元妻と次女の3人で無理心中をさせられる寸前にまで追い込まれた。 F(元妻の実母)に対する傷害致死罪などで起訴されており、大阪高裁で受けた懲役3年執行猶予5年の刑が確定している(F死亡・死体遺棄事件裁判を参照)。 Eの妻(Fの次女)【逮捕】 1970年生まれ。 Fの次女で、E家に嫁いでいた。後述のE・F家乗っ取り事件で、Xにより離婚、転居を強要されるなど、家庭に介入され、最後は元夫と次女の3人で無理心中をさせられる寸前にまで追い込まれた。2011年11月に警察に保護された時の体重は、虐待により35キロほどになっていたという。 F(当人の実母)に対する傷害致死罪などで起訴され、懲役2年執行猶予3年の判決が確定している。(F死亡・死体遺棄事件裁判を参照)。 F【死亡】 1944-1945年生まれ。 後述のE・F家乗っ取り事件で、2011年9月11日に死亡する。食事制限などの虐待により、体重は22キロほどになっていたという。その死亡に関して、3名が傷害致死罪などで起訴されている(F死亡・死体遺棄事件を参照)。 F家長女【逮捕】 1968年生まれ。 後述のE・F家乗っ取り事件で、Fの死亡後は、集中的に暴力を受けるようになっていたが、監禁状態から隙をみて脱走し、警察に駆け込んだことが、一連の事件が発覚する端緒となった。 F(当人の実母)に対する傷害致死罪などで起訴されており、一審、二審で懲役3年執行猶予4年の判決が確定。(F死亡・死体遺棄事件裁判を参照)。
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