DWANGO (サービス)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > DWANGO (サービス)の意味・解説 

DWANGO (サービス)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/28 23:06 UTC 版)

DWANGO
運営元 Interactive Visual Systems
種類 オンラインサービス
サービス開始日 1994年12月[1]
サービス終了日 1998年10月
プラットフォーム DOS, Microsoft Windows
ウェブサイト Official website”. 1998年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月16日閲覧。
テンプレートを表示

Dial-up Wide-Area Network Game Operationは、アメリカのインタラクティブビジュアルシステムズ社(Interactive Visual Systems/IVS)が運営していたオンラインゲーム環境を提供するサービス。頭字語の略称である「DWANGO」で知られている。

1994年にサービスを開始し、『DOOM』をはじめ、『Doom II』や『Heretic英語版』などのid Softwareゲームや、3D Realms英語版の『Duke Nukem 3D英語版』、『Blood英語版』や『Shadow Warrior』などのゲームのオンライン対戦環境を提供していた[2][3]

DWANGOはダイヤルアップ接続を採用しており、使用するためには料金を支払った上でDWANGOのサーバーに接続するクライアントソフトウェアを実行する必要があった。当初はテキサス州ヒューストンの1か所のみにサーバーが存在したが、すぐに他の都市にも多数のサーバーが設置された[4]。しかし、その後インターネットを介したオンラインマルチプレーヤー対戦が広まっていくと利用者が減少し、1998年10月にサービスを終了、同年中には運営元のIVS社も経営破綻した[5]

運営元のIVS社の子会社として1997年に日本で設立されたのが有限会社ドワンゴ、のちの株式会社ドワンゴである。IVS社の経営破綻後も同社は経営を続け、現在はKADOKAWAの傘下として、ニコニコ動画をはじめとするオンラインサービスの運営や各種イベント運営などを手掛ける通信・メディアを中心とした総合エンターテインメントコンテンツ企業として発展を続けている[6]

沿革

DWANGOは、1994年にテキサス州ヒューストンのロバート・E・ハントレー(Robert E. Huntley)[注 1]とキー・キンブレル(Kee Kimbrell)によって開発された。ハントレーは、自社のInteractive Visual Systemsを動画研修の提供からオンラインゲームサービスに移行したいと考えていた[7]。サービスの初期開発が完了した後、2人はid Softwareにアイデアを売り込んだ。 ジョン・D・カーマックと他の社員はほとんど興味がなかったが、ジョン・ロメロからは肯定的な評価を得た。ジェイ・ウィルバー(Jay Wilbur)はDWANGOの収益の20%で契約を交渉し、ロメロはプロジェクトに取り組み、Hereticシェアウェアリリースを含むDWANGOソフトウェアの最初のバージョンをリリースした。

当時はインターネットが普及していないパソコン通信中心の時代であり、DWANGOもパソコン通信を採用したサービスであった。そのため、プレーヤーはヒューストンに置かれたサーバーにダイヤルアップ接続する必要があった。しかしながら当初の人気は非常に高く、クリエイターはサブスクリプション料金から大きな利益を得た。当初の料金は1時間あたり1.95ドルであったが、1995年初頭には値下げを行い、月額8.95ドルとなった。この頃には利用者は約1万人に達し、イタリアオーストラリアからの接続もあった。同社はニューヨークに本社を置き、フランチャイズ形式で各地にサーバーを設置する仕組みを整えた。フランチャイジーはサーバーをセットアップするために35,000ドルの定額料金を支払い、残りの利益を受け取ることができた。4か月で、アメリカ各地に22台のサーバが設置された[1]。1996年には、サービスは日本シンガポール韓国にまで拡大した[8]

1997年までに、同社は世界中の23都市にシステムを導入したが、インターネットが普及したことで利用者数は減少しつつあった。3月、IVS社はインターネットマルチプレーヤーサービスに進出し、Internet Gaming Zone英語版にセクションを設定する契約をMicrosoftと締結し、1997年12月に「DWANGO Zone」を正式に公開した[9]。ハントレーは、DWANGOのインターネットサービスへの進出によって利用者数を再び増加させることを目論んでいたが、期待するような結果を生み出すことはできなかった[10]

DWANGO Zoneは低レイテンシー(70ミリ秒以下を保証)を売りにしていたものの、より安価でより多くのコンテンツを提供する数多くの競合サービスが存在した[11]。当時、Internet Gaming Zoneのセクションのほとんどは無料であった中有料であったことに加えて、1時間あたりの料金を請求する時間課金制をとっていたため、ユーザーからの支持を得ることができなかった。また、この頃には、Mpath英語版TEN英語版Heat.netなどのライバルサービスが登場し、有料・無料両方のサービスを提供するようになっていた。『Quake』や『Total Annihilation英語版』など、DWANGO Zoneでサポートされているタイトルの多くは、既にインターネットで無料でプレイすることができたた。

競争の激化とサポートするゲームの数の減少によりユーザー数は減少の一途をたどり[12]、1998年にDWANGOはサービスを終了、IVS社も経営破綻した[5]。しかしながら、日本での事業は好調であり、Interactive Visual Systems Corporationの日本の子会社である株式会社ドワンゴは運営を続け、現在は日本を代表する通信・メディア関連企業として知られている[12][13]。なお、1999年8月に株式会社ドワンゴは、米国Interactive Visual Systems Corporationより「DWANGO」の全世界における商標、知的所有権、その他すべての権利を譲り受けている[14]

サポート

DWANGOクライアントがテキサス州オースティンのサーバにログオンし、利用可能なゲームとチャットを表示

DWANGOのクライアントソフトウェアは、ダイヤルアップ接続でサーバーに繋がるASCIIインターフェイスを備えたソフトであった。ログインすると、ユーザーはロビーで他のゲーマーとチャットしたり、選択した特定のゲーム用に独自のランチパッドを作成できた[4]。当初はid Softwareのゲームをサポートしていたが、その後拡張して3D Realms英語版などからのゲームもサポートするようになった[2]

サポートされているゲームは次のとおり[8]

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ 愛称は"bob"。のちの株式会社ドワンゴ初代取締役会長。現・Mason Software CompanyCEO

出典

  1. ^ a b Kushner, David (2003). Masters of Doom: How Two Guys Created an Empire and Transformed Pop Culture. Random House Publishing Group. pp. 182–187. ISBN 0-375-50524-5 
  2. ^ a b History of Online Gaming - 1993-1994: DOOM and DWANGO”. UGO (2008年7月10日). 2012年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月16日閲覧。
  3. ^ DWANGO and DOOM - A History of Gaming”. Fully Gaming (2018年4月5日). 2018年4月5日閲覧。
  4. ^ a b Ryan, Michael E. (October 22, 1996). “DWANGO”. PC Magazine. 
  5. ^ a b Dwango Dies”. IGN (1998年10月21日). 2013年1月16日閲覧。
  6. ^ グループ会社|会社情報|株式会社ドワンゴ”. 株式会社ドワンゴ. 2020年4月28日閲覧。
  7. ^ Silverman, Dwight (1997年12月2日). “Dwango coming to a Microsoft Web site near you”. Houston Chronicle 
  8. ^ a b "DWANGO Expands its Presence in the Far East with New Servers in Japan, Singapore and South Korea" (Press release). DWANGO. 27 August 1996. 2013年1月16日閲覧
  9. ^ DWANGO Set to Open on Microsoft's Zone”. GameSpot (1997年12月4日). 2013年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月16日閲覧。
  10. ^ a b Silverman, Dwight (1998年5月29日). “Dwango works hard for players”. Houston Chronicle 
  11. ^ Svensson, Christian (November 1997). “Joyriding”. Next Generation (Imagine Media) (35): 28. 
  12. ^ a b Silverman, Dwight (1998年10月16日). “Online game system shuts down”. Houston Chronicle. オリジナルの2004年12月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20041214114421/http://www.dwightsilverman.com/dwango.htm 
  13. ^ 注目高まるドワンゴ日本法人。その提供しているサービスは?”. SOFTBANK GAMES. 2022年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月1日閲覧。
  14. ^ 有価証券報告書”. 株式会社ドワンゴ. 2020年5月2日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  DWANGO (サービス)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「DWANGO (サービス)」の関連用語

DWANGO (サービス)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



DWANGO (サービス)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのDWANGO (サービス) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS