A70系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/25 14:08 UTC 版)
世界ラリー選手権(WRC)でグループB規定およびグループS構想が急遽廃止された際、グループAのセリカST165 GT-Four登場までの代役として1987年 - 1988年にスープラが参戦。元々ラリー向けの車両ではない・熟成の時間が取れない・FR車という三重苦の中、サファリラリーで3位表彰台を獲得している。またWRC以外にも登場し、1987年にビョルン・ワルデガルドが香港ー北京ラリーで総合優勝を飾っている。 全日本ツーリングカー選手権(JTC)には1987年から参戦。デビュー戦で優勝を飾ったが、その後はレギュレーション変更によって重量増加がなされたため、フォード・シエラや日産・スカイラインに追従できず、1990年限りで撤退した。 北米のIMSAではトヨタのセミワークスであったオール・アメリカン・レーサーズ(AAR)が採用し、GTUクラスで10勝を挙げている。1991年にはオーストラリアで初開催されたバサースト12時間耐久レースに登場し、フォード・レーザー、三菱・ギャランなどを破って初代優勝車となった。
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