60丁目トンネル (60ちょうめトンネル、英:60th Street Tunnel)はニューヨーク市 マンハッタン区 とクイーンズ区 の間にあるイースト川 とルーズベルト島 の地下を貫くニューヨーク市地下鉄 BMTブロードウェイ線 の鉄道トンネルで、N系統 ・R系統 ・W系統 が通過している。
歴史
建設・開通
60丁目トンネルはデュアル・コントラクトの一部として建設された。当初の計画ではイースト川 を渡るクイーンズボロ橋 に鉄道を通していたが、1907年のケベック橋 崩落の後に行われた調査でクイーンズボロ橋にこれ以上鉄道車両の荷重を増やすと崩落する危険性があることが判明し、新しくトンネルを建設することとなった[1] 。また、ホランド・トンネル に名を残すクリフォード・ミルバーン・ホランドが担当エンジニアとして建設に携わっていた[2] 。
1920年8月1日日曜日午前2時、60丁目トンネルはモンタギュー・ストリート・トンネル と共に運用を開始し、翌2日より定期列車の通過が開始された。この2つのトンネルは、乗客がコニーアイランド からBMTブロードウェイ線 でマンハッタンを経由しクイーンズ までたった5セントで18マイル (29km) の旅をすることを可能にした[3] 。建設費は5,617,008.97ドルであった。
後年
このトンネルは元々BMTブロードウェイ線とBMTアストリア線 ・IRTフラッシング線 クイーンズボロ・プラザ駅 を結んでいたが、1955年12月1日に60丁目トンネル連絡線 が開通するとINDクイーンズ・ブールバード線 クイーンズ・プラザ駅 にも向かえるようになった[4] 。現在、60丁目連絡線はR系統が使用しており、N系統・W系統はクイーンズボロ・プラザ駅方面へ向かっている。
1983年、MTA の最初のキャピタル・プログラムの一環として老朽化している60丁目トンネルの補修工事を行うことが発表された。補修工事は1990年11月に340,000ドルの費用で開始された。約2年の工事の後1992年7月27日よりN系統・R系統の列車がトンネル内の通過速度を通常の速度 (40 - 45mph (64 - 72km/h)) に戻して運行を再開した。工事期間中はトンネル内の通過速度は10mph (16km/h) に制限されており、週末および深夜帯は列車の通過を取り止めていた。この影響で通過乗客数は225,000人から160,000人へ減少した。また終了後も約1年ほど深夜0時から午前5時の間、水制御装置および換気システムの更新作業のために閉鎖が続くとされた[5] 。
脚注
ニューヨーク市地下鉄 路線の一覧
Aディビジョン
IRT
マンハッタン/ クイーンズ
ブロンクス
ブルックリン
廃止
Bディビジョン
BMT
マンハッタン/ クイーンズ
東部地区
南部地区
廃止
IND
マンハッタン/ブロンクス
ブルックリン/ クイーンズ
廃止
BMT/IND
ディビジョン間連絡路線
その他
計画されたが建設されなかった路線群(英語版 )
サウス・ブルックリン鉄道(英語版 )
この一覧はニューヨーク市地下鉄の物理的な路線を示しており、この路線網の上に系統 が運行されている。 名前の隣にラインカラーが示されている路線は幹線であり、各系統を示すマークの色はこの幹線のラインカラーになっている、 ただしシャトルについてはダークグレーである