2度目の再結成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/07 10:07 UTC 版)
「オールマン・ブラザーズ・バンド」の記事における「2度目の再結成」の解説
1989年、ディッキー・ベッツ・バンドにいたギタリスト、ウォーレン・ヘインズとベーシストのアレン・ウッディ、それにジョニー・ニール(キーボード、ハーモニカ)を加え、バンドが再結成される。エピックと契約し、翌1990年、『Seven Turns』をリリース。1991年にはスパイロ・ジャイラなどで活動していたパーカッショニストのマーク・キニョーネスが加入。 1994年に『Where It All Begins』をリリースし、同年8月Woodstock '94に出演。1995年にはロックの殿堂入り、さらに翌年には"Jessica"で第38回グラミー賞ベスト・ロック・インスト賞を受賞するなど、注目を集めていった。 1997年、ヘインズとウッディがガヴァメント・ミュールの活動に専念するためにバンドから脱退する。後任にジャック・ピアソン(ギター)、オテイル・バーブリッジ(ベース)が加入した。1999年には、ピアソンに替わり、ブッチ・トラックスの甥にあたるデレク・トラックスが迎え入れられる。 2000年には、デレク加入後としては初のライヴ盤『Peakin' at the Beacon』を録音するが、同年、メンバーとの対立からオリジナル・メンバーのベッツがグループから追い出される形で脱退。一時的にジミー・ヘリングが後任として加入した後、翌2001年にはウォーレン・ヘインズを再度迎え入れ、その後はニューヨークのビーコン・シアターでの恒例ライヴ、9年ぶりのスタジオ録音アルバム発表(2003年『ヒッティン・ザ・ノート』)、またジャムバンド・ミュージックの祭典ボナルー・フェスティバル(2003年、2005年)への出演など精力的に活動した。 2014年1月、ウォーレン・ヘインズとデレク・トラックスが同年中の公演を最後にバンドから脱退することを表明。デレクは自身のバンド、テデスキ・トラックス・バンドの活動に専念するために脱退したのだった。同年10月にビーコン・シアターで、ウォーレンとデレクをメンバーとした最後の公演が行われた。 2014年11月現在、バンドとしての活動予定は発表されていない。 2017年1月24日、オリジナルメンバーの1人、ブッチ・トラックスが死去。69歳没。マイアミ・ヘラルド紙によると、ブッチはフロリダ州ウェストパームビーチにある自宅のマンションで拳銃で頭を撃ち自殺したという。 2017年5月27日、オールマン兄弟の1人、グレッグ・オールマンがジョージア州サバンナの自宅で肝臓ガンの合併症により69歳で死去。
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