1935年のグランプリ・シーズンとは? わかりやすく解説

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1935年のグランプリ・シーズン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/03 08:32 UTC 版)

1935年のAIACRヨーロッパ選手権
ドライバーズチャンピオン
ルドルフ・カラツィオラ
前年: 1932 翌年: 1936
1935年のグランプリシーズン
前年: 1934 翌年: 1936
メルセデスルドルフ・カラツィオラが1935年フランスグランプリを制した。

1935年のグランプリ・シーズン は、AIACRヨーロッパ・ドライバーズ選手権の第三回大会が開催されたグランプリ・シーズンである。メルセデスルドルフ・カラツィオラがヨーロッパ選手権を制した。

1935年9月15日にドイツ国旗として鉤十字旗が採用されたことに留意。

シーズン概要

メルセデスW25はグラン・エプルーヴで7戦中5勝し、シーズンを席巻した。うち4勝を挙げたルドルフ・カラツィオラが自身初のヨーロッパ選手権チャンピオンに輝いた。カラツィオラのタイトル獲得は、1933年モナコでの負傷の影響が残る中で達成されたものだった[1]アウトウニオンは4.9L(シーズン中に5.6Lまで増加) V16エンジンを搭載するタイプBを投入したほか、前年にグランプリ最多勝を挙げたアキーレ・ヴァルツィをドライバーラインナップに加えたが、メルセデスの後塵を拝し、シーズン全体で4勝するに留まった。スクーデリア・フェラーリには、離脱したヴァルツィに替わってタツィオ・ヌヴォラーリが加入した。ドイツ勢のマシンが圧倒的優勢を誇る中、ヌヴォラーリはドイツグランプリで番狂わせを演じ、非ドイツ勢にとって戦前では最後となるグランエプルーヴでの勝利を挙げた。一方、大規模なメーカーがレースシーンを席巻する中でブガッティマセラティはグランプリへの興味を失い、その活動を縮小させた[2]。アウトウニオンの新人ベルント・ローゼマイヤーは、デビューから2戦目のアイフェルレンネン(ニュルブルクリンク)にて、最終ラップの最終ストレートでカラツィオラに抜かれるまで首位をキープした末、2位でフィニッシュして強い印象を残した[3]。ローゼマイヤーは9月下旬のチェコスロヴァキアグランプリで初優勝を果たし、アウトウニオンのエースドライバーとして頭角を現した。

ヨーロッパ選手権グランプリ

Rd 開催日 レース サーキット PP(プラクティス最速) ファステストラップ 優勝者 コンストラクター レポート
1 4月22日 モナコグランプリ モンテカルロ市街地コース ルドルフ・カラツィオラ ルイジ・ファジオーリ ルイジ・ファジオーリ メルセデス・ベンツ 詳細
2 6月23日 フランスグランプリ リナ・モンレリ英語版 アキーレ・ヴァルツィ タツィオ・ヌヴォラーリ ルドルフ・カラツィオラ メルセデス・ベンツ 詳細
3 7月14日 ベルギーグランプリ スパ・フランコルシャン 抽選でグリッド決定 マンフレート・フォン・ブラウヒッチュ ルドルフ・カラツィオラ メルセデス・ベンツ 詳細
4 7月28日 ドイツグランプリ ニュルブルクリンク 抽選でグリッド決定 マンフレート・フォン・ブラウヒッチュ タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
5 8月25日 スイスグランプリ ブレムガルテン・サーキット アキーレ・ヴァルツィ ルドルフ・カラツィオラ ルドルフ・カラツィオラ メルセデス・ベンツ 詳細
6 9月8日 イタリアグランプリ モンツァ・サーキット 抽選でグリッド決定 タツィオ・ヌヴォラーリ ハンス・シュトゥック アウトウニオン 詳細
7 9月22日 スペイングランプリ ラサルテ・サーキット英語版 抽選でグリッド決定 アキーレ・ヴァルツィ ルドルフ・カラツィオラ メルセデス・ベンツ 詳細

非選手権グランプリ

黄色の背景はグラン・エプルーヴ

開催日 レース サーキット 優勝者 コンストラクター レポート
2月10日 ノルウェーグランプリ ボグスタッド湖 パーヴィクトル・ウィーデングレン アルファロメオ 詳細
2月17日 ヴァレントゥナ・レース ヴァレントゥナ湖 パーヴィクトル・ウィーデングレン アルファロメオ 詳細
2月24日 ポーグランプリ ポー市街地コース タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
4月28日 タルガ・フローリオ ピッコロ・マドニエ アントニオ・ブリヴィオ アルファロメオ 詳細
5月5日 チュニスグランプリ カルタゴ市街地コース アキーレ・ヴァルツィ アウトウニオン 詳細
5月12日 トリポリグランプリ英語版 メラハ・サーキット ルドルフ・カラツィオラ メルセデス・ベンツ 詳細
5月12日 フィンランドグランプリ インタルハ公園 カール・エッブ メルセデス・ベンツ 詳細
5月19日 チルクイート・ディ・ベルガモ ベルガモ市街地コース タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
5月26日 アヴスレンネン アヴス ルイジ・ファジオーリ メルセデス・ベンツ 詳細
5月26日 ピカルディグランプリ ペロンヌ市街地コース ロベール・ベノワ ブガッティ 詳細
5月26日 シルキュイ・ド・オルレアン オルレアン市街地コース ロベール・カゾー ブガッティ 詳細
5月31日 マニン・モア ダグラス・サーキット ブライアン・ルイス ブガッティ 詳細
6月2日 U.M.F. グランプリ リナ・モンレリ レイモン・ソメール アルファロメオ 詳細
6月2日 リオデジャネイロ グランプリ ガヴェア市街地コース リカルド・カルー フィアット 詳細
6月9日 チルクイート・ディ・ビエッラ ビエッラ市街地コース タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
6月9日 グランプリ・ド・フロンティエ シメイ市街地コース ルドルフ・シュタインヴェグ ブガッティ 詳細
6月16日 アイフェルレンネン ニュルブルクリンク ルドルフ・カラツィオラ メルセデス・ベンツ 詳細
6月30日 ペーニャ・リン・グランプリ モンジュイック・サーキット ルイジ・ファジオーリ メルセデス・ベンツ 詳細
6月30日 ロレーヌグランプリ ナンシー市街地コース ルイ・シロン アルファロメオ 詳細
7月7日 チルクイート・ディ・トリノ ヴァレンティーノ公園 タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
7月7日 マルヌグランプリ ランス・グー ルネ・ドレフュス アルファロメオ 詳細
7月21日 ディエップ グランプリ ディエップ市街地コース ルネ・ドレフュス アルファロメオ 詳細
7月21日 チルクイート・ディ・ヴァレーゼ ヴァレーゼ市街地コース ヴィットリオ・ベルモンド アルファロメオ 詳細
8月4日 コマンジュグランプリ サン・ゴーダンス市街地コース レイモン・ソメール アルファロメオ 詳細
8月4日 コッパ・チアーノ英語版 モンテネーロ・サーキット タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
8月15日 コッパ・アチェルボ英語版 ペスカーラ・サーキット アキーレ・ヴァルツィ アウトウニオン 詳細
8月18日 ニースグランプリ ニース市街地コース タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
9月15日 モデナグランプリ モデナ市街地コース タツィオ・ヌヴォラーリ アルファロメオ 詳細
9月15日 エストニアグランプリ ピリタ・サーキット カール・エッブ メルセデス・ベンツ 詳細
9月29日 チェコスロヴァキアグランプリ ブルノ市街地コース ベルント・ローゼマイヤー アウトウニオン 詳細
9月29日 コッパ・エッダ・チアーノ ルッカ市街地コース マリオ・タディーニ アルファロメオ 詳細
10月5日 ドニントングランプリ ドニントンパーク リチャード・シャトルワース アルファロメオ 詳細
10月6日 コッパ・デラ・シラ コゼンツァ市街地コース アントニオ・ブリヴィオ アルファロメオ 詳細
10月19日 マウンテン・チャンピオンシップ ブルックランズ リチャード・シャトルワース アルファロメオ 詳細
10月20日 シルクイート・ド・エストリル エストリル市街地コース フランシスコ・リベイロ・フェレーラ ブガッティ 詳細

エントリーリスト

チーム

スクーデリア・フェラーリアルファロメオのワークス・チームとしてアルファロメオP3で参戦した。
ブガッティは旧式となったブガッティ・タイプ59で参戦した。写真はエンジンカバーが取り外された状態。
ダイムラー・ベンツAGはメルセデス・ベンツ・W25で参戦した。

ワークス・チーム

チーム コンストラクター シャシー エンジン ドライバー
ダイムラー・ベンツAG メルセデス・ベンツ W25 3.7/4.0/4.3  L8 ルドルフ・カラツィオラ (フルタイム)
ルイジ・ファジオーリ (フルタイム)
マンフレート・フォン・ブラウヒッチュ (フルタイム)
ヘルマン・ラング
ハンス・ガイアー
アウトウニオン アウトウニオン タイプB 4.9/5.6  V16 ハンス・シュトゥック (フルタイム)
ベルント・ローゼマイヤー (フルタイム)
アキーレ・ヴァルツィ (フルタイム)
パウル・ピーチュ
スクーデリア・フェラーリ アルファロメオ ティーポB/P3
8C-35
3.2/3.8  L8
3.8  L8
タツィオ・ヌヴォラーリ (フルタイム)
ルネ・ドレフュス (フルタイム)
ルイ・シロン (フルタイム)
アティーロ・マリノーニ
アントニオ・ブリヴィオ
スクーデリア・スバルピーナ マセラティ 6C-34
V8-RI
3.2  L6
4.2  V8
ゴッフレード・ゼンデル
フィリップ・エトンスラン
ピエトロ・ゲルシ
ジュゼッペ・ファリーナ
エウジェニオ・シエナ
マルセル・ルー
ブガッティ ブガッティ T59 3.3/3.8  L8 ピエロ・タルッフィ
ロベール・ベノワ
ジャン=ピエール・ウィミーユ
ERA ERA Bタイプ 2.0  L6 レイモンド・メイズ
エルンスト・フォン・デリウス

インディペンデント・チーム

チーム コンストラクター シャシー エンジン ドライバー
エスクデリア・ヴィアパディエルナ マセラティ 8CM 3.0  L8 マルセル・ルー
グルッポ・サン・ジョルジョ アルファロメオ
マセラティ
ティーポB/P3
26M
3.0  L8
2.5  L8
レナート・バレストレーロ
ルイジ・ソフィエッティ マセラティ 8CM 3.0  L8 ルイジ・ソフィエッティ
ピエトロ・ゲルシ
アール・ハウ ブガッティ
マセラティ
T59
8CM
3.2  L8
3.0  L8
アール・ハウ
ブライアン・ルイス
ジーノ・ロヴェレ マセラティ 6C-34 3.7  L6 ジュゼッペ・ファリーナ
フランコ・サルディ アルファロメオ ティーポB/P3 2.9  L8 フェルディナンド・バルビエリ

プライベーター

チーム名 コンストラクター シャシー エンジン 参加レース
レイモン・ソメール アルファロメオ ティーポB/P3 3.2  L8 BEL, SUI, ESP
ラズロ・ハルトマン マセラティ 8CM 3.0  L8 GER, SUI
ハンス・ルエシュ マセラティ 8CM 3.0  L8 GER
ヘナーロ・レオ・サバー ブガッティ ? ESP

1935年のドライバーズランキング

順位 ドライバー MON
FRA
BEL
GER
SUI
ITA
ESP
Pts
1 ルドルフ・カラツィオラ Ret 1 1 3 1 Ret 1 17
2 ルイジ・ファジオーリ 1 4 2 6 2 Ret 2 22
3 マンフレート・フォン・ブラウヒッチュ Ret 2 Ret 5 Ret Ret 3 34
4 タツィオ・ヌヴォラーリ Ret Ret 1 5 Ret Ret 35
5 ルネ・ドレフュス 2 4 7 2 36
= ハンス・シュトゥック Ret 2 11 1 Ret 36
7 ベルント・ローゼマイヤー Ret 4 3 Ret 5 39
= レイモン・ソメール 6 6 Ret 9 7 39
= アキーレ・ヴァルツィ 5 8 4 Ret Ret 39
10 ルイ・シロン 5 Ret 3 Ret Ret Ret 40
11 ゴッフレード・ゼンデル 7 3 11 Ret 42
12 ヘルマン・ラング Ret 6 Ret 45
13 ロベール・ベノワ Ret 5 6 46
= フィリップ・エトンスラン 4 Ret Ret Ret 46
15 ピエロ・タルッフィ 6 Ret 5 47
= パウル・ピーチュ 9 3 47
17 マルセル・ルー 7 8 48
18 ジャン=ピエール・ウィミーユ Ret Ret 4 49
19 アール・ハウ Ret 10 50
= アントニオ・ブリヴィオ 3 Ret 50
21 ピエトロ・ゲルシ 12 Ret 51
= レナート・バレストレーロ Ret 12 51
= ジュゼッペ・ファリーナ Ret 8 DNS 51
24 アティーロ・マリノーニ 4 52
= ハンス・ガイアー 7 52
= ハンス・ルエシュ 10 52
= ルイジ・ソフィエッティ 8 52
= ラズロ・ハルトマン Ret Ret 52
29 ヘナーロ・レオ・サバー Ret 53
= ホセ・デ・ヴィラパディエルナ Ret 53
= レイモンド・メイズ Ret 53
32 フェルディナンド・バルビエリ Ret 55
= ブライアン・ルイス Ret 55
= エウジェニオ・シエナ Ret 55
= ピエーロ・ドゥシオ Ret 55
出典:[4]
結果 ポイント
金色 勝者 1
銀色 2位 2
銅色 3位 3
レースの75%以上を消化 4
レースの50%以上 75%未満を消化 5
レースの25%以上 50%未満を消化 6
レースの25%未満を消化 7
失格 8
参加せず 8

外部リンク

参考文献

Etzrodt, Hans. “Grand Prix Winners 1895–1949 : Part 3 (1934–1949)”. The Golden Era of Grand Prix Racing. 2007年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月5日閲覧。

Leif Snellman and Hans Etzrodt. “1935”. The Golden Era of Grand Prix Racing. 2007年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月5日閲覧。

Galpin, Darren. “1935 Grands Prix”. The GEL Motorsport Information Page. 2007年8月5日閲覧。

脚注

  1. ^ ノイバウア, アルフレッド 著、橋本茂春 訳『スピードこそ我が命』荒地出版社、1968年、77頁。 
  2. ^ Etzrodt, Hans. “1935 GRAND PRIX SEASON”. The Golden Era of Grand Prix Racing. 2016年11月15日閲覧。
  3. ^ ノイバウア, アルフレッド 著、橋本茂春 訳『スピードこそ我が命』荒地出版社、1968年、79-80頁。 
  4. ^ Etzrodt, Hans. “1935 CHAMPIONSHIP”. The Golden Era of Grand Prix Racing. 2016年12月18日閲覧。



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