電車TEE
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/04 19:05 UTC 版)
シザルパンは1961年7月1日、初の電車によるTEEとしてパリ - ミラノ間で運行を開始した。所要時間は8時間ちょうどであり、同区間の客車列車(後のルテチア)に比べ約2時間短縮された。 出入国管理や税関検査は車内で行なわれていたが、フランス・スイス間では国境のフランス側のフラーヌ(Frasne)とスイス側のヴァロルブ(Vallorbe)で係員の乗降のため運転停車を行なっていた。ヴァロルブでは1962年夏以降客扱いを行なうようになっている。 最高速度は当初他の気動車TEEと同じ140km/hであったが、1961年10月からはパリ - ディジョン間で160km/h運転を行なうようになり、同区間の表定速度は132.8km/hに達した。その後も他の区間での所要時間短縮などにより、1969年夏にはパリ - ミラノ間は7時間44分となった。 シザルパンは1962年10月5日に衝突事故を起こしている。パリ行きシザルパン(RAe1053編成)がモンバール駅(ディジョン - パリ間)を通過しようとしたところ、誤って本線上に放置されていた貨車に衝突した。 1965年末のクリスマス休暇から、シザルパンは繁忙期にはヴァロルブ - ローザンヌ間で2編成を併結し10両(1966年以降は12両)編成で運転されるようになった。この時はフランス国鉄が併結運転を認めなかったためパリ - ヴァロルブ間は別の列車として運転されたが、1968年からはフランス国内でも12両編成で運転されるようになった。さらに増結区間がパリ - ブリーク間やパリ - ミラノ間に延長されることもあった。
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