金銀複本位制の破棄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/24 00:09 UTC 版)
「アメリカの金貨」の記事における「金銀複本位制の破棄」の解説
世界的なゴールドラッシュによる金増産による金価格の下落から相対的に銀高となり、少額貨幣であった銀貨の国外流出、鋳潰しの懸念が生じたため、1853年2月21日にミラード・フィルモア大統領によって署名された貨幣法(Coinage Act of 1853)では、1/2ドル銀貨、1/4ドル銀貨、および1ダイム銀貨の量目が約7%削減され、1/2ドル銀貨は従来206.25グレーン(13.3648g)と1ドル銀貨の半分で額面比例だったものが192グレーン(12.4414g)となり、1/4ドル銀貨および1ダイム銀貨も同様に削減された。このとき銀貨は最大5ドルまで法定通貨としての通用制限額が規定された。これは事実上の金銀複本位制からの離脱であり、1/2ドル銀貨以下は実質的に補助銀貨となった。 1859年以降のネバダ州の銀の大幅な増産により今度は世界的な銀価格の下落となり、ユリシーズ・グラント大統領により1873年2月7日に署名された貨幣法(Coinage Act of 1873)では、銀貨は補助貨幣(subsidiary silver coins)となり、金銀複本位制が破棄され金本位制となった。1900年には基準を明記した金本位制を規定する法律が議会を通過した。 しかし、これらの法的な変革の中で量目・様式が変更されたのは補助銀貨であり、金貨については平価が変更されたわけではなく、様式の変更もなかった。一方、1870年頃イーグルのメトリックウェイトを258グレーンから16 2/3g(257.206グレーン)に変更する法案が下院で審議中であったが実現に至らず、1871年に日本で制定された新貨条例による金貨によってこのメトリックウェイトが実現された。
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