醍醐源氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 16:03 UTC 版)
60代醍醐天皇の子孫。延喜御後。詳細は「醍醐源氏」を参照。 第十皇子の源高明は左大臣となったが後に安和の変にて失脚した。高明の異母兄弟である源兼明も左大臣に昇ったが後に親王に復帰させられることで政治の中枢から追われた。高明の三男源俊賢は権大納言、四男源経房は権中納言に昇り、俊賢の子孫からも源隆国(俊賢二男、権大納言)や源俊明(隆国三男、大納言)をはじめ多くの公卿を輩出し、院政期まで栄えた。第一皇子・克明親王の子には管弦の名手として有名な源博雅がいる。 氏族:岡本氏、河尻氏 醍醐源氏 系図 太線は実子。細線は養子(苗字無しは臣下に下った源氏・一部苗字無しは僧)。 〈源氏(醍醐源氏)〉[vol.1 克明親王~重明親王] 醍醐天皇(敦仁親王) ┣━━━━━┳━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━┓ 克明親王 保明親王 代明親王 重明親王 ┃ ┣━━━━━┓ ┣━━━┳━━━┓ ┣━━━┳━━━┳━━━━━┓ 博雅 慶頼王 煕子女王 重光 保光 延光 邦正 行正 信正 徽子女王 〈源氏(醍醐源氏)〉[vol.2 常明親王~持明親王] 醍醐天皇(敦仁親王) ┣━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┓ 常明親王 式明親王 有明親王 持明親王 ┣━━━┓ 忠清 泰清 〈源氏(醍醐源氏)〉[vol.3 長明親王~兼明親王] 醍醐天皇(敦仁親王) ┣━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┓ 長明親王 雅明親王 寛明親王 行明親王 章明親王 成明親王 盛明親王 兼明親王 ┏━━━━━┫ ┃ 斯忠王 則忠 伊陟 〈源氏(醍醐源氏)〉[vol.4 源高明~源為明] 醍醐天皇(敦仁親王) ┣━━━┳━━━┳━━━┓ 高明 自明 允明 為明 ┣━━━┳━━━┳━━━┓ 忠賢 惟賢 俊賢 経房 ┣━━━┓ ┣━━━━━━━┳━━━━━┓ 守隆 致公 顕基 隆国 成尋阿闍梨母 ┃ ┃ ┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓ 長季 資綱 隆俊 隆綱 俊明 国俊 覚猷 ┃ ┣━━━┓ ┃ ┠━━━┐ 盛長 家賢 道良 俊実 能俊 国明 ┃ ┃ 盛経 俊雅 〈源氏(醍醐源氏)〉[vol.5 勤子内親王~康子内親王](女子は史料が少ないためこれまでとする) 醍醐天皇(敦仁親王) ┣━━━━━━━┳━━━━━━━┓ 勤子内親王 雅子内親王 康子内親王
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