遺構・保存車輌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 03:22 UTC 版)
殖民軌道・簡易軌道は「道路の一変形」という特殊な性格上、現役当時「鉄道ではない」とみなされていたこと、さらにその多くが他地域から訪問しにくい北海道東部・北部に敷設されていたためその当時の鉄道趣味者の大方から記録・関心の対象外とされた。このため、記録や写真がほとんど残されていない路線も多い。 廃止後の遺構は車庫やターンテーブルなどいくつかが現存しているが、ほとんどバス停に近いような存在であった中間駅などはその位置すら全く特定できなくなったケースも存在する。 車両についても廃止後にその多くが廃棄・解体され、一部保存された車両も劣化が激しく後に解体・撤去されたものが多い。現在でも目にすることができる主なものは以下のとおり。 歌登町営軌道 - 釧路製作所製の8トンディーゼル機関車 (枝幸町歌登健康回復村に保存) 鶴居村営軌道 - 泰和製6トンディーゼル機関車・泰和製トルコン付8トン自走客車(鶴居村ふるさと情報館 みなくる 前に保存)、運輸工業製6トンディーゼル機関車(遠軽町の丸瀬布いこいの村で保存。軌道廃止後、釧路市内の私企業に譲渡され使用されたが廃車後に札幌交通機械で自走可能な状態にレストアされいこいの村で動態保存されている) 別海村営軌道 - 加藤製作所製6トンDLと釧路製トルコン付き8トン自走客車、同じく釧路製ミルクゴンドラ車(別海町旧奥行臼駅跡近くで保存) 浜中町営軌道 - 釧路製作所製8トンディーゼル機関車(浜中町の茶内ふるさと広場で保存)
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