萩野左門とは? わかりやすく解説

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萩野左門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/18 03:52 UTC 版)

萩野左門

萩野 左門(はぎの さもん、1851年8月27日(嘉永4年8月1日[1])- 1917年大正6年)12月30日[2])は、明治期の政治家新潟県会議員衆議院議員、官選栃木県知事新潟市長

経歴

越後国西蒲原郡板井村(現新潟市西区)の庄屋、萩野伝衛の長男として生まれる[1]。漢学を修めた。戸長、小区長、副大区長、新潟県会議員、同常置委員、同議長、西蒲原郡会議員、同議長などを歴任[2]

1984年3月、第3回衆議院議員総選挙に新潟県第一区から出馬して当選。その後、第5回総選挙第7回から第9回総選挙まで通算5回の当選を果たした[2]

1898年8月、第1次大隈内閣により栃木県知事に登用され、1899年1月まで在任[1]。その後、1902年11月から1904年2月まで新潟市長を務めた。

脚注

  1. ^ a b c 『新編日本の歴代知事』264頁。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』499-500頁。

参考文献

  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。



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