荒子観音寺の円空仏
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円空仏の研究は荒子観音寺に始まり、荒子観音寺に終わると言われるほど、荒子観音寺には多種多様な円空仏が存在する。荒子観音寺には2014年時点で1255体の円空仏が現存し、移出像11体を含めて1266体が確認されている。2014年時点で日本全国で現存が確認されている円空仏5374体のうち、実に4分の1以上が当寺にあることになる。荒子観音寺十八世・金精法印の『淨海雑記』に拠れば、円空は延宝4年(1676年)に荒子観音寺に滞在しており、様式面からも荒子観音寺の円空仏は延宝4年前後に造像されたと考えられている。 荒子観音寺の本堂には釈迦如来・大黒天の二像が安置され、山門には仁王像二体が安置されており、仁王像は最大の円空仏としても知られる。1979年に長谷川公茂は荒子観音寺の仁王像を円空が水に浮かべて像を彫ったする推論を発表している。これは技術的な面から棚田家司・山田匠琳、小島梯次らによって否定されている。円空よりも後に同様の造像活動を行った僧に木喰がおり、柳宗悦は宮崎県西都市の木喰五智館に伝来する木喰仏を水上に浮かべて彫ったとし、立松和平は木喰が円空が荒子観音寺において水上で像を彫ったことにならい同様の造像を行ったとしている。一方で、小島梯次は荒子観音寺に円空が水上で像を彫ったとする記録・伝承が見られないことから、これを否定している。 そのほかの円空仏は客殿に集められており、中でも三体の護法神は円空の代表作として知られ、円空の和歌も添えられている。 ほか、不揃いな板切れに目や鼻、口を表現した「木端仏(こっぱぶつ)」と呼ばれる群像31体がある。1972年(昭和47年)、境内六角堂の木箱の中から1024体の円空仏が発見された。これは千面菩薩の諸像で、平成18年の調査では千面菩薩は1005体で、黒ずんだ像の混入や、4体の移座が確認された。『淨海雑記』に拠れば円空は檜(ひのき)の大木からまず仁王像を彫り、余材を用いて諸像を造像し、さらに平材や板切れで木端仏や千面菩薩を作ったという。逗子中には像とともに削り屑が入れられていた。 荒子観音寺の円空仏は毎月第2土曜日の午後1時から4時まで公開されている。円空仏の公開日には境内で円空仏を彫る体験教室が開かれている。
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