自由主義政策の時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 16:23 UTC 版)
「オランダ領東インド」の記事における「自由主義政策の時代」の解説
1854年に施行された蘭印統治法によって、強制栽培制度はかなり緩和され、それに続く自由主義政策の諸法規により、事実上廃止されることになったものの、強制栽培制度による現地住民の苦役と飢餓の実態は、小説『マックス・ハーフェラール Max Havelaar 』によって告発された。東インドで勤務した経験を持つオランダ人エドゥアルト・ダウエス・デッケルが、ムルタトゥーリの筆名で1860年に発表したこの作品は、オランダ文学の古典とされる。この小説はオランダ本国で大きな反響を呼び、強制栽培制度を非難する声が高まった。このため、1860年代以降、同制度は国際競争力のなくなった品目から順に、廃止されていった。 また、農作物に代わる新たな産物として、産業革命による石油資源の国際市場における重要度の高まりを受け、油田の開発が始められた。1883年、スマトラ島東岸での試掘が許可され、1885年に採掘に成功した。試掘に当たったロイヤル・ダッチ社は、今日のシェルの前身の一つである。
※この「自由主義政策の時代」の解説は、「オランダ領東インド」の解説の一部です。
「自由主義政策の時代」を含む「オランダ領東インド」の記事については、「オランダ領東インド」の概要を参照ください。
- 自由主義政策の時代のページへのリンク