結婚後から帝展無鑑査まで
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1913年(大正2年)夏に弟の光夫婦とハルビン市にて1か月滞在し、このときに写生した作品「満州」を同年10月の第7回文展に出品、大正皇后の買い上げとなる。 1914年(大正3年)3月から開催された東京大正博覧会に「山羊の牧場」を出品し褒状。同年妻を伴い再度ハルビンへ赴き、帰途に立ち寄った大連、京城で個展を開催、6月に帰京した。10月開催の第8回文展に「初秋」を出品、三等賞受賞。この作品は翌1915年(大正4年)2月開催のサンフランシスコ万国博覧会に出品され銅牌を受けた。 1915年(大正4年)第9回文展「落葉」が三等賞受賞、文部省買い上げ。1916年(大正5年)の第10回文展「葡萄実る頃」「椿と仔山羊」のうち「葡萄実る頃」は『客観的写実からぬけでた新しい自然観照をみせるもの』と評され特選を受賞した。また後に日本橋の三越で開催した第6回個展にて「椿と仔山羊」と「林檎咲く」が文部省買い上げとなった。 1918年(大正7年)2月、光風会会員となる。同期に南薫造、太田喜二郎など。この年開催の第6回光風会展に「晩春」「哈爾賓の二月」を出品した。文展出品も継続し、10月の第12回文展には「秋」を出品した。 1919年(大正8年)第1回帝展出品作「剪毛後の或日」が無鑑査推薦となる。
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