第9の哨戒 1943年5月 - 7月
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「トラウト (SS-202)」の記事における「第9の哨戒 1943年5月 - 7月」の解説
5月27日、トラウトは9回目の哨戒でフィリピン方面に向かった。この哨戒では、ミンダナオ島に物資と陸軍要員を輸送する任務も与えられていた。6月9日、トラウトは輸送船に対して魚雷を3本発射したが命中しなかった。6月12日、トラウトはミンダナオ島サンボアンガ・デル・スル州パガディアン湾に入り、J・A・ハマー大尉以下5名の陸軍要員と8,000発に及ぶ弾薬を陸揚げした。作業終了後スールー海方面に向かったトラウトは、6月15日に北緯04度58分 東経118度37分 / 北緯4.967度 東経118.617度 / 4.967; 118.617の地点で特設運送船(給油)三楽丸(拿捕船、大阪商船委託、3,000トン)に向けて魚雷を3本発射。うち2本が前部と後部に命中し、船体は分断された。三楽丸は曳航されたものの、翌16日に沈没した。6月26日には3隻の沿岸汽船を発見し、そのうちの2隻を砲撃で撃沈した。7月1日、トラウトは北緯13度40分 東経121度50分 / 北緯13.667度 東経121.833度 / 13.667; 121.833の地点で陸軍船五十鈴丸(日之出汽船、2,866トン)に対し魚雷を4本発射し、命中させて撃沈した。7月9日には再びパラディアン湾に入り、チャールズ・「チック」パーソンズ中尉とウィリアム・E・ダイス(英語版)大佐を引き取った。7月20日、トラウトは59日間の行動を終えてフリーマントルに帰投した。
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