第58任務部隊の出撃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/17 16:54 UTC 版)
「ジャンボリー作戦」の記事における「第58任務部隊の出撃」の解説
1945年2月10日、第58任務部隊はウルシー環礁を出撃した。途中の2月12日にテニアン島に立ち寄って、航空隊が第3海兵師団と硫黄島上陸の予行演習を実施した。2月14日に第50.8任務群グループAの補給艦と洋上合同して、翌日までに給油を完了。2月15日午後7時、第58任務部隊は、前衛に5隻の駆逐艦を配置した隊形で攻撃隊発進地点に向けて高速航行に移った。マリアナ諸島から発進した陸空軍のB-29爆撃機及び海軍のB-24爆撃機と、潜水艦による前路偵察が実施され、針路上に日本軍の哨戒艦艇が存在しないことが確認された。 日本側は通信解析により、1945年1月末ころからアメリカ軍が大規模作戦を準備中であることを察知していた。2月13日、連合艦隊司令長官豊田副武大将は、通信解析に基づいてアメリカ海軍機動部隊がウルシー環礁を出撃したと判断、麾下部隊に警戒を命じるとともに、三航艦などの航空部隊に索敵を実施させた。アメリカ軍は悪天候が幸いして日本軍に発見されていないと考えていたが、2月14日には硫黄島から発進した日本軍索敵機がサイパン島西方95海里(約176km)付近に北上中の大艦隊を発見しており、三航艦の寺岡中将は対機動部隊警戒と特攻隊の準備を下令した。陸軍部隊も2月15日から警戒態勢に入った。
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