第十七号掃海艇とは? わかりやすく解説

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第十七号掃海艇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/30 20:06 UTC 版)

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艦歴
計画 昭和6年度計画[1]
起工 1935年1月28日[1]
進水 1935年8月3日[1]
竣工 1936年1月15日[1]
その後 1945年8月2日触雷により損傷[1]
除籍 1945年11月20日[1]
解体 1948年9月1日完了[1]
性能諸元(竣工時)
排水量 基準:578トン
公試:700トン
全長 72.50 m
全幅 7.85 m
吃水 4.55 m
機関 ロ号艦本式缶(混焼)2基
艦本式タービン2基
2軸、3,200馬力
速力 19.0ノット
航続距離 12ノットで2,600海里
燃料 重油:47トン
石炭:110トン
乗員 94名
兵装 45口径三年式12 cm砲 2門
13 mm機銃 連装2基
九四式爆雷投射機1基
爆雷36個
掃海具

第十七号掃海艇(だいじゅうななごうそうかいてい)は、日本海軍掃海艇第十七号型掃海艇の1番艦。

艦歴

1935年昭和10年)1月28日、大阪鉄工所桜島工場で起工[1]。同年8月3日進水。1936年(昭和11年)1月15日に竣工。第十七号掃海艇と命名され、掃海艇に類別。

1937年(昭和12年)から1939年(昭和14年)まで日中戦争において華中及び華北の作戦に参加[1]太平洋戦争では、南方侵攻作戦船団護衛に従事[1]1945年(昭和20年)8月2日、鎮海触雷により損傷した[1]。同年11月20日に除籍。1948年(昭和23年)9月1日[1]佐世保船舶工業(旧佐世保海軍工廠)で解体が完了。

歴代艇長

※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

艤装員長
  • 田口正一 少佐:1935年10月15日[2] -
艇長
  • 田口正一 少佐:1936年1月15日[3] - 1936年6月20日[4]
  • 大石新一 少佐:1936年6月20日[4] - 1936年7月21日[5]
  • 安並正俊 大尉:1936年7月21日[5] - 1937年12月1日[6]
  • 上井宏 少佐:1937年12月1日[6] - 1938年9月15日[7]
  • 中山定義 大尉:1938年9月15日[7] - 1938年12月15日[8]
  • 西野繁 大尉:1938年12月15日[8] - 1939年11月15日[9]
  • 黒木政吉 少佐:1939年11月15日[9] - 1940年4月1日[10]
  • 橋本正雄 大尉:1940年4月1日[10] - 1940年10月15日[11]
  • 橘広太 大尉:1940年10月15日[11] - 1941年7月17日[12]
  • 安東英雄 予備大尉:1941年7月17日[12] -

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 『写真日本海軍全艦艇史』資料篇「主要艦艇艦歴表」28頁。
  2. ^ 『官報』第2638号、昭和10年10月16日。
  3. ^ 『官報』第2710号、昭和11年1月17日。
  4. ^ a b 『官報』第2840号、昭和11年6月22日。
  5. ^ a b 『官報』第2866号、昭和11年7月22日。
  6. ^ a b 海軍辞令公報 号外 第99号 昭和12年12月1日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072072700 
  7. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)号外 第239号 昭和13年9月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072074300 
  8. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)号外 第273号 昭和13年12月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072074800 
  9. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第402号 昭和14年11月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072076800 
  10. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第459号 昭和15年4月1日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072077900 
  11. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第543号 昭和15年10月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072079000 
  12. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第674号 昭和16年7月18日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072081600 

参考文献

  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』光人社、1990年。ISBN 4-7698-0463-6
  • 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』第3刷、原書房、1981年。ISBN 4-562-00302-2
  • 福井静夫『福井静夫著作集第10巻 日本補助艦艇物語』光人社、1993年。ISBN 4-7698-0658-2
  • 『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。

第十七号掃海艇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/01/20 14:32 UTC 版)

第十七号型掃海艇」の記事における「第十七号掃海艇」の解説

詳細は「第十七号掃海艇」を参照 1936年1月15日竣工大阪桜島)。1945年8月2日鎮海触雷損傷1948年佐世保船舶工業(旧佐世保海軍工廠)で解体

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