立教開750年記念事業宗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/30 04:16 UTC 版)
日蓮聖人が1253年(建長5年)4月28日千葉県千光山清澄寺の旭が森山頂で、旭日に向かって初めて題目「南無妙法蓮華経」を唱え、日蓮と名のられた日から数えて、2002年(平成14年)が750年に当る。 この750年に向け、日蓮宗門をあげて壱千萬題目写経運動が始まり、光政寺は1996年(平成8年)より600巻を目標に協力を呼びかけ、当初の目標を上回る770巻を千光山清澄寺へ納経した。 一方、光政寺の記念事業として1998年(平成10年)3月頃から検討を重ねた結果、境内の整備を次のように決議した。 山門については種々の事案があり継続課題とする。 江戸時代元禄の頃、当山6世覺隆院日通上人とともに光政寺の中興を成し遂げられた青山喜八郎が発起人で寄進され、深津高地にある法界碑などを光政寺境内へ移設する。 第6世覚隆院日通聖人墓、青山喜八郎氏墓の移設と合わせて、歴代上人の墓を整備する。 境内庭園の整備 本堂正面入口の拡張及び塀の改修。 これらの記念事業はあしかけ3年を費やし、900万円の当初予算を大幅に上回る1,520万円となったが、立教開宗750年記念事業の満願成就を迎え2001年(平成13年)11月18日落慶法要を厳修した。
※この「立教開750年記念事業宗」の解説は、「光政寺」の解説の一部です。
「立教開750年記念事業宗」を含む「光政寺」の記事については、「光政寺」の概要を参照ください。
- 立教開750年記念事業宗のページへのリンク