精神科治療が必要かつ有効にもかかわらず、これを拒否する患者をどうやって医療に結びつけるか。これは精神科医療における難題の一つでした。精神の病のために自他を傷つける危険性のある患者を強制的に入院させる制度としては、措置入院制度がありますが、その危険性はないまでも、家庭内に引きこもって暴力的な振る舞いをしたり、衰弱する精神疾患患者を、本人の同意なしに病院に連れて行くことを法的に認める制度はありませんでした。このため、親戚が患者を縛り上げて受診させたり、民間業者が法外な料金で搬送業務を請け負うなど、法的・倫理的に問題となる事態が生じました。こうした事態を解決するために、2002年、精神保健福祉法34条に新設されたのが、移送制度です。この制度の利用を望む家族が、まず保健所に相談し、保健所の職員が事前調査することから移送制度が開始されます。次いで、精神保健指定医が患者宅に赴いて本人を診察し、必要ならば、応急入院指定病院に医療保護入院もしくは応急入院とすることができます。入院が決定したならば、保健所などの行政機関が病院への搬送を行います。このほか、措置入院制度のプロセスにおいて、警察官通報がなされてから精神保健指定医による診察の場まで患者を搬送することも行政機関の責任とされましたが、こちらの移送制度(精神保健福祉法29条の2の2)のほうが、むしろ主流となってしまいました。
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