禁教時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/28 08:45 UTC 版)
1841年(天保12年)7月にJ・C・ヘボンがシンガポールでギュツラフ訳『約翰福音之傳』を入手して、ニューヨークのアメリカ合衆国長老教会伝道本部に送る。 1859年(安政6年)10月日本が開国すると、アメリカ長老教会よりJ・C・ヘボン、アメリカ・オランダ改革派教会よりS・R・ブラウン、G・フルベッキが最初の宣教師として来日する。その時、ヘボンはギュツラフ訳聖書と中国語訳の新約聖書を携行していた。日本でキリスト教の伝道が禁止されていたので、ヘボンは横浜で日本語の学習と聖書の日本語訳を進めた。1861年(文久元年)に、J・C・ヘボンがS・R・ブラウンと共に中国語訳聖書に基づいて『マルコ伝』(マルコの福音書)の翻訳に着手する。1862年(文久2年)には、ヘボンの日本語教師の矢野隆山が、マルコ伝、ヨハネ伝、出エジプト記の一部を訳出したと報じられた。 1866年(慶応2年)にはヘボンがマタイ伝を4回、マルコ伝を3回改訂、ルカ伝、ヨハネ伝、創世記も改訂直前になるが、1867年(慶応3年)4月ヘボン家の火災により訳稿が焼失する。しかし、ヘボン、J・H・バラ、D・タムソンの協力で9カ月でマタイ伝の翻訳と改訂を終える。 1872年(明治5年)には、ヘボンの新しい日本語教師の奥野昌綱の版下により、ヘボン訳『新約聖書馬可傳』、『新約聖書約翰傳』が刊行される。
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