環の理論と観測
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 21:42 UTC 版)
1655年、クリスティアーン・ホイヘンスは、初めて土星は環に囲まれていることを主張した。彼は、ガリレオよりもずっと高性能の倍率50倍の望遠鏡を自作して土星を観測し、「土星は、薄くて平たい、どこにも接触せず、黄道から傾いた環を持つ」と記述している。ロバート・フックも土星の環の初期の観測者の1人であり、環に落とされた影について記述した。 1675年、ジョヴァンニ・カッシーニは、土星の環は複数の小さな環とその間の空隙から構成されていることを明らかにし、A環とB環の間にある幅4800キロメートル (km)の最大の空隙は後に、カッシーニの間隙と呼ばれるようになった。 1787年、ピエール=シモン・ラプラスは、土星の環は、非常に多くの立体の小環からできていると提唱した。 1859年、ジェームズ・クラーク・マクスウェルは、環がもし立体であれば不安定ですぐ壊れてしまうため、立体ではありえないということを示した。彼は、環は無数の小さな粒子から構成され、それぞれが独立して土星の周りを公転していると提唱した。マクスウェルの理論は、1895年にアレゲニー天文台のジェームズ・エドワード・キーラーによる環の分光学的観測で正しいことが証明された。 2017年4月26日、「カッシーニ」が人類の探査機として初めて、土星本星と環の間を通過した。 土星の環は、発見された順にアルファベットの名前が付けられている。メインリングは、内側からC環、B環、A環及びB環とA環の間のカッシーニの間隙で構成されている。D環は、最も土星にちかく、暗い。F環は狭く、A環の外側にある。さらにその外側には、非常に薄いG環とE環がある。土星の環には、多くの構造がある。そのいくつかは、土星の衛星による摂動に関係しているが、多くは説明がついていない。
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